第15話 傷口と塩

「着心地は?」

「問題ない」

「動きに支障は?」

「問題ない」

「なら十分か」


 ウィーディは身体を軽く動かしながら防具の様子を確認していく。金属製のチェストプレートと腰回りの防具はウィーディの動きに干渉のしないようだ。他は魔物の皮素材で軽量化と運動性を高めた一品となっている。ウィーディの戦闘スタイルがわからなかったが、とりあえずその機動力が損なわれないように考えた結果の装備だ。


「一端の冒険者らしくなったわね」

「……ん」

「この子、かなりの人見知り?」

「そうですね。重症です」

「まぁ、君が一緒なら大丈夫だろう」

「それもそうね」


 それがそうでもないんですよ、奥さん。実は私も人見知りなんです。貰うもんもらったし、早くこの場から立ち去りたいんです。でもあなた方のお子さんが回り込んでくるんです。助けて下さい。

 そう、何故か店番の子がずっと俺に話しかけてきていて帰れないのだ。どうやってこの場を乗り切ろうかと考えていると、奥さんが爆弾を投下してきた。


「この子ったら、昨日からずっと君のことばかりで……」

「母さん!?」

「何かにつけて可愛い可愛いってうるさいのよ~」

「そうなんですか」

「いや、これは、その……!」


 あー、俺って罪な女。……いや、わかってる。何もかもが間違っているぞ。俺は男だ。身も心も一部の隙もない男だ。男に好意を向けられてもぞわっとするだけだ。なので、その夢は粉々に打ち砕こう。


「残念ですが、私は男ですので」

「え……、……えっ!?」

「こんな見た目でよく勘違いされるのですが、れっきとした男です。いい女性を捕まえるのなら、まずはその目を磨かないといけませんね」


 店番の子が崩れ落ちた。可哀そうに。純粋なその想いを弄んだ邪悪がいるようだ。え? 俺? 何言ってんの。俺は真実を突きつけただけ。たとえそれが非情なものだとしても、まやかしに生きるよりはよっぽどいいさ。そもそも、俺を弄んでこんな身体にした自称神が悪い。諸悪の根源はアレなんだ。


「だから言ったじゃないか。あの革の鎧は男用だって」

「でも、こんなに可愛いのよ……?」

「あんまり男に向かって可愛いって言うのはやめておけ」


 そうなんですよ、旦那さん。俺だって可愛いって言われるのはどうかと思ってたんですよ。ま、俺は可愛いが褒め言葉になるくらい酷い言葉の雨をくぐり抜けてきた戦士なので大丈夫です。


「それでは、我々はこれで」

「おう、また来てくれよ」

「息子さんの傷が抉れますが?」

「男っていうのは傷付いて立ち直った分、強くなるのさ」

「そうですね」


 なにその筋肉理論。とりあえず賛成しとこ。そして帰ろ。

 ウィーディの防具が手に入ったので、店を出る。借りてきた猫だったウィーディは大きく背伸びをした。


「……やっと解放された」

「そんじゃ、街の外に行くとしようか」

「ん!」


 ウィーディの足取りは軽い。どれくらい軽いかと言うと、俺の手がもげそうなくらいの速さだ。

 いや、痛いって! それに、まだ寄る所があるから。ステイ! ウィーディ!


「まだ魔物倒しに行かないの……?」

「そう焦るなって。すぐだから」


 目的地は街の入り口へ向かう道中にあるのだから。脳内事典で探したから間違いない。そう、俺の目的地は市場。もっと言うと塩だ。


「人が、たくさん……」

「迷子になるなよ?」

「ん……」


 はいはい、迷子にならないように手を繋いでねー。……美少女と手を繋いじゃった。あぁ! 心がドキドキして……して……しねぇ! もうね、なんか幼稚園児を連れて歩いている感じ。なんだかなぁ。

 ウィーディを引っ張りながらごった返す人をかき分け、目的の店に到着した。そこは立派な店などではなく、簡易的な出店のような感じだった。


「あん? なんだ?」

「塩を買いたいんですが……」

「量は?」


 店主らしき男性は目つきが悪く、世間話などはあまり好きでは無いようだ。事務的なやり取りだけしかせず、とっつきにくい感じは否めない。塩以外にも商品はあるのだが、無愛想な店主とやり取りをしたくないのか、誰も買いに来ない。

 俺にとっては楽でいいけどな! しかも、塩がやっす。


「在庫は?」

「この袋分だけだ」

「全部下さい」

「いいぜ」


 はい、塩ゲットー。何でこんなに塩が安いかというと、地球では生きる上で必要な塩だが、この世界ではそうではないのだ。魔力とかいうインチキ物質を取っていれば問題ないのだとか。しかも、魔力はどんなものにも微量に含まれており、摂取量も少量で構わず、多量にとっても悪影響はないとかいうチートっぷりである。

 無事、塩を手に入れてほくほく顔の俺。そんな俺をウィーディは不思議そうに見ていた。


「問題は流通量の少なさか。当分は秘密だな」


 やるべきことをし終え、ようやく俺達は街の外に出るため街の門に向かう。ファンタジーらしく、街にはぐるりと一周防壁が建造されており、出入りするには門を通らなくてはならない。


「ここも、人が多い……」

「そりゃ、門は東西南北の四か所しかないから混むのも当然さ」

「う~」

「いいか? 門兵にギルドカードを見せる。それで街への出入りができる。これを見せないと、入る時は税金がかかるんだ」

「……覚えた」


 なんか不安なんですけど。ま、こういうのは習うより慣れろって言うしな。レッツゴー。


「はい」

「通っていいぞ」

「ん」

「通っていいぞ」


 はい、楽勝。

 こうして俺達は街の外にへと一歩を踏み出した。

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