第16話 才能って怖い
爽やかな風が草木を揺らし、新鮮でどこか懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。前には平原と森林が、後ろには長大な防壁があり、如何にもこれから冒険をするぞ、という空気を漂わせている。
「大きな冒険の小さな一歩、と言ったところか」
「なんか、かっこいい」
「……ありがとう」
あぁーーーーー!!! 何で! 俺は!! 学習しない!!! 今は一人じゃないんだ。ウィーディに恥ずかしい姿を見られてばかりじゃないか。決めポーズまでしちゃったよ。
俺は決めポーズを止め、そそくさと早足で歩きだす。何事もなかったかのように。そう、何もなかった。いいね?
「魔物、倒す」
「どこにいるかわかる?」
「あっち?」
「わかるんだ……」
とりあえずウィーディの指差した方向に進む。草原を一直線に走り抜け、森に入ってすぐにそれはいた。木の後ろに隠れ、それを観察する。
緑色の肌に子どものような身長。人間をより醜悪にしたような顔で、額には小さな角が生えている魔物。いわゆるゴブリンだ。
「本当にいたよ」
「倒す?」
「いい……ぞ……」
俺が「い」と言った時点でその場から消えたウィーディ。言葉を全部言い切る頃には、ゴブリンは首チョンパされていた。使ったのは件の刀である。
「終わった」
ウィーディは刀に付いた紫色の血を振って払い、鞘に納める。その動作は昨日初めて刀を持ったとは思えないほど洗練されているように見えた。
いやいやいやいや、ちょっと待って。刀ってそんな簡単に扱える物じゃないでしょ? 素人は紙すら碌に切れないし、刃の入る角度が悪いとすぐ折れたり曲がったりするんじゃないの? それとも何? あのゴブリンがプリンみたいに柔らかいの?
「ユニ?」
「あ、あぁ。よくやった」
「昨日の特訓の成果が出た」
どんな特訓だよ。あれか? 一日が一年になるとかいう部屋か? そんな馬鹿な。天賦之才ってこんなヤバいの? それと同格の嫌がらせ魔導って実はかなりヤバい? ……よし、考えるのを辞めよう。深く考えたらいけないやつだ。才能あってうれしー、助かるー、ばんざーい。
「次にいこ?」
「その前に討伐部位と魔石の回収だ。ゴブリンの討伐部位は角だ。二つで一匹だから気をつけること。魔石は心臓部にあるからちょっと面倒だが、頑張って回収しよう」
「ん」
ゴブリンの角は簡単にゲットできた。だが、問題は魔石だった。異世界転生において、正直これが一番俺にダメージを与えたと確信できる。
「おぇええぇぇぇ……」
「大丈夫? ユニ」
あーつらい。人生経験で出血には事欠かなかったから耐性はある。首チョンパもまだ耐えられた。だが、スプラッターはNGだ。腐っても人型の、まだ温かくて変色した内臓と、血と体液が混ざった粘着質な水音に俺の精神力は耐えられなかった。
「だ、だいじょばない……」
「だいじょばない?」
「だいじょばない……」
ゴブリンめ。よもやこれ程の強敵とは思わなかったぞ。誇るといい。俺にここまでダメージを与えた存在はそう多くない。まして死して尚、抗うその精神。誠に天晴である。おぇええぇぇぇ……。
木に身体を預けてダウンした俺の代わりに、ウィーディが魔石の摘出をしてくれた。俺とは違いウィーディは何とも思わないらしい。一瞬、ウィーディが特殊なのかとも思ったが、魔物が跋扈しているこの世界は死が隣合わせであり、こういうことに耐性があるのだろうと考えに至った。
「残りは?」
「放っておけばいいよ。森の養分になるから」
ゴブリンの惨殺死体はその場に放置だ。魔物や動物たちが食べてくれるらしい。世界は循環しているね。それより次の獲物を狩りたくて堪らなさそうなウィーディの対応が面倒だ。
「次。次」
「はいはい。次は他の武器で倒してね」
「ん」
半ばグロッキーな俺は対応が面倒臭くなり、最低限のことを伝える。自由にやっていいとわかったウィーディのはしゃぎようは、さながらドッグランで走り回る大型犬といったところだった。
俺を引きずる様に森を走り回り、ゴブリンを見つけては屠っていく。刀以外の武器は練習していないと言っていたが、どの武器も当たり前のように使いこなしていく。ド素人の俺では指摘できるポイントは何もない。
「どの武器が一番使いやすい?」
「んー、同じ?」
はい天才。天賦之才って恐ろしい。師匠とかいらないじゃんよ。こういう野良の天才が流派の開祖だったりするのかね? そういう意味では、俺の嫌がらせ技術も誰かから習ったりとかしてないもんな。納得。
ウィーディの武器適正が判明したところで、今度は俺の才能について調べる時が来た。魔法は何となくできそうなのでいいとして、問題は弓だ。果たして触れたことすらない弓術の腕前は如何に。
「弦が重いんじゃぁ」
は? 弓の弦ってこんなに重いの? ふざけんな! ちょっと引くだけで腕がプルプルするんですど!? 買ったのは初心者向けのショートボウなのに……。筋トレ必須かな?
「おりゃ!」
やっとの思いで弓を引き絞り、木々の向こうにいるゴブリン目掛けて矢を放つ。その矢は見事命中し、ゴブリンの肩を突き刺さった。
「あ、向かってきた」
一撃で仕留められなかったため、こちらの位置に気がつかれた。負傷したゴブリンは唸り声を上げながらこちらに向かって来る。
その怪我で向かって来るってオカシイでしょうよ! 仕方ない。苦しまないように殺してやろう。
「はっ」
ゴブリンの眉間に風穴が空いた。ビー玉サイズの石弾が貫いたのだ。
「ま、こんなもんよ」
ウィーディは唖然とした様子でゴブリンが仰向けに倒れる姿を黙って見ていた。
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