第14話 依頼争奪戦を観戦だ

 人だかりの背後に頭一つ抜けたムキムキのおっさんが現れた。そして、そのおっさんがクエストボードに依頼書を張り付けていく。暗黙の了解なのか、だれもそのおっさんの動きを邪魔せず、張り付けられていく依頼書をただ凝視している。


「(たぶん、この不文律を破ると制裁でも受けるんだろう。受付嬢じゃないのは、そんなルールも守れないバカがいたからか。そらあんなガタイのいいおっさんを相手にしたくないわな)」


 おっさんが全ての依頼書を張り終え、人だかりから遠ざかる。そして、ギルド内部に響き渡るくらいの音量で手を叩いた。


「うぉおおおおぉぉお!」

「これは俺の依頼だ!」

「放せ! 俺のもんだ!」

「くっ! 盗られた!」

「足ふむなよ!」


 それを合図に、新米冒険者たちがクエストボードに群がる。さながら特売に群がるおばさんの集団みたいだ。


「うーん、正にchaos」


 血で血を洗う依頼書争奪戦を眺めるのは気分がいい。こういうのは観戦するに限るな。


「坊主は行かねぇのか?」

「っ! いえ、今日は雰囲気を知るために来たので。それに、他にやることもあるので」

「ほー、そうかい」


 こ、こいつ、いつの間に!? いやー、マジでビビったわ。このおっさん、ただものじゃねーな。

 俺とウィーディの前にはいつの間にか、依頼書を貼っていたおっさんがいた。俺は悲鳴を上げそうになる寸前だったのを必死に堪えていたが、ウィーディは驚いた様子はない。


「昨日、騒ぎを起こした人物にしては、意外と普通なんだな」

「……見ていたんですか?」

「そらそうよ。しっかり見せてもらったぜ? あれ程の実力なら、すぐにCランクくらいには行けるだろう」

「ありがとうございます」


 み、見られてたー!? あの高笑いも含めて全部!? もうお嫁にいけないよ……。ぐすん。もう帰りたい。


「だがまだまだヒヨッコだな、俺に気がつかねぇとは。気を抜いていたら、そのうち死ぬぞ」

「そうならないように精進します」


 おっさん、いい人だなー。すごい的確なアドバイスじゃん。ありがとー。そして、どうかさっさとカウンター裏にでも引っ込んでてください。昨日のことを思い出して顔から火が出そうなんですー。いやー。


「……お仕事、大丈夫ですか?」

「ん? 俺の仕事は馬鹿がバカをしねぇように見張ることだ。受付は娘っ子に任せておけばいいのさ」

「それって自分がバカをするって言っていません?」

「昨日、やったじゃねぇかよ」


 No~~~~!!! そうだよね! 俺が原因じゃないけど!! 悪いのは向こうだけど!!!

 俺の心は大荒れで、穴があったら入りたい気分だ。急いでこの話を終わらせなければならない一心で、俺は別の話題を提供する。


「そ、そう言えば、割のいい依頼ってどんなものがあるのでしょうか?」

「ん? そうだな……ゴブリン討伐なんかはそのいい例だろう。通常依頼と常設依頼の報酬が両方手に入る。他にも合同依頼なんてのもアリだ。上のランクの冒険者に気に入られれば、古い装備が貰えるかもしれない」


 なるほどなるほど。勉強になるわー。そういうことは受付嬢も詳しく話してなかったし、脳内事典にはもちろん載っていない。こういうところが使えないよね。あ、ちなみに合同依頼っていうのは大規模依頼とも言われていて、複数のパーティで一つの依頼を受けるものね。

 気がつけば餌に群がる鯉の群れは消え去り、ギルド内部は静寂が戻っていた。何組かの乗り遅れたパーティがクエストボードの前で静かに相談しているくらいだ。


「で、お前らはこれからどうすんだ?」

「見るもの見たので帰ります」

「帰るのかよ!?」

「冗談です」

「冗談かよ!?」

「嘘です」

「どっちだよ!?」


 あ、この人ノリいいな。気のいいおっさんは人気者になる。これは世界の壁を跨ごうとも不変の真理さ。ということで帰るか。とうに太陽も出たから鍛冶屋も開いているだろうし。

 俺が立ち上がり、釣られてウィーディも立ち上がる。帰る前に常設依頼の確認はしておこうと思う。


「常設依頼はっと……『ゴブリン討伐』『薬草採集』『食肉採集』『魔石採集』その他いろいろか」


 大体予想通りのラインナップといったところか。常に需要があったり、数が多かったりするものは常設依頼として出されているのだろう。これなら適当にやっていくだけでいいな。

 俺は常設依頼をざっくりと覚えた後、ウィーディを連れてギルドを後にする。


「結局、帰るのかよ」

「用事があるので」

「変わった坊主だな。今度は依頼を受けろよ」

「善処します」


 えー、あの人混みに紛れろと? 俺は嫌だね。混雑は満員電車でこりごりなんだYO。こういう時は曖昧にしてやり過ごすのがbetter。オッケー?

 俺たちはおっさんに見送られ、昨日訪ねた鍛冶屋に向かった。幸い、既に開いているようで、そそくさと店内に入る。


「待ってました!」


 あ、ハイ。昨日とは打って変わってやる気いっぱいの店番の子。美少女が来るから張り切っちゃって。残念だけど、俺は男だよ? そう言えば、あのおっさんは俺のことをしっかり坊主って呼んでたな。それも熟練の観察眼が成せる技か?

 店番の子が店内で騒いでいると、店の奥から店主とその奥さんがやって来た。そして、ウィーディは奥さんに連れられていった。

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