第7話 テンプレの渋滞だ
「ギルドを知っているのですか?」
「なんか、魔物を倒したりするところらしい」
「はー」
それは知ってんだYO。他に情報が欲しいところだが、内面幼女に期待するだけ無駄か。俺に知識があるから良しとしよう。それよりも問題は見た目だ。見るからに新米の中性的で身長低めな俺と丸腰の美女。絡んで下さいと言っているようなものじゃないか。冒険者になるような後先考えられない奴らには極上の餌と言っても過言ではない。あ、これも脳内事典に載ってた。名前は今決めた。
「とりあえず、これを装備しておいてください」
俺はテキパキと着ていた革の鎧をウィーディに着せ、あの男たちから慰謝料として巻き上げた剣を腰に装備させる。サイズ的にいろいろ小さいが、これでマシになったはずだ。
俺? フフフ、そこはこの俺、ちゃんと考えてある。このボロリュックからマントを取り出して~着る! ポーズを決める! フハハ! なんちゃって魔法使いの完成だァ!
「似合ってる」
「……ありがとう」
やっちまったァ! 人生でマントを羽織る機会なんてなかったからテンションが上がって人前ってこと忘れてた。この俺、一生の不覚。もとい、一生の心の傷。ぐはぁ。
俺は深刻なダメージを負った心を引きずりながらも、なんとか冒険者ギルドに到着する。観音開きの扉を開けて中に入り、併設された酒場は無視して、それっぽい受付嬢がいるカウンターに一直線に進んだ。
「冒険者ギルドにようこそ!」
あぁ~、これが聞きたかったんじゃぁ~。いいねぇ。素晴らしい。俺は今、感嘆に打ち震えている。ゲームとアニメ以外でこの言葉を聞けるとは思わなかった。俺は本当に異世界にいるんだという実感があるぞ。
人生初「冒険者ギルドにようこそ!」イベントを終えた俺の心は急速に回復した。もう十分なほど冒険者ギルドでのイベントは堪能したので、あとは恙なく平和に宿探しをするだけだ。
「冒険者になりに来たんですが」
「冒険者登録ですね? それではこちらにお名前をどうぞ。代筆も可能ですよ」
「ありがとう」
俺は取り出された用紙に名前を書き込む。ウィーディは文字の書き読みができないらしく、代わりに俺が代筆した。知らない文字をすらすらと書く感覚は不思議なものだった。
「ギルドカードを発行しますので、それまで簡単に冒険者ギルドについて説明いたします」
受付嬢曰く、クエストボードに張り付けてある依頼書をこのカウンターに持ってきて受注すること。依頼主のサインやターゲットの討伐部位を持って帰ることでクエストクリアとなること。クエストクリアしていくと冒険者ランクが上がっていくこと。常設依頼は一々カウンター受注しなくていいとのこと。解体はギルドの隣の倉庫にて有料で請け負っていること。魔物やその他についての情報の資料もあることなどを教えてもらう。
うん、テンプレ通りだ。メモすら必要ないね。事前予習は完璧。まさか異世界に来るとは思ってなかったけど。
「ずいぶんと熱心にお聞きになられるんですね」
「自分の持っている情報と差異がないか確認する癖がついているので」
「素晴らしいです! 言葉遣いもしっかりしていますし、ギルドで働きませんか? 安全ですよ?」
「悪くないですね。私が冒険者に向いていなかったら、その時は口添えよろしくお願いします」
「あはは、ぜひぜひ」
社交辞令はなんのその。日本の意味不明マナーがないような緩い職場なら大歓迎だ。だが、折角異世界に来たのだから、もうちょっと可能性を追い求めたいのが男の性ってヤツさ。
「はい、ギルドカードです。再発行は有料なのでなくさないようにしてくださいね」
「ええ、わかりました」
銅の金属プレートに「ユニ」と名前が彫り込まれている。しかも、俺の筆跡だ。ボールペン字講座で矯正したが、それでも癖の抜けきらない文字はよくわかる。なお、この間ウィーディは一言も発していない。人見知りの子犬か、こいつは。
「ああ、そういえば、装備を新調したいのですが、新米向けの鍛冶屋などご存じでしょうか?」
「ええ、それなら……」
フムフム、OKバッチリだ。宿屋の情報もついでにゲットだぜ。やはりこういう時は聞いた方が手っ取り早いな。というか、俺たちが訪ねていた場所はそれなりの腕がある職人が店を構えている区画だったらしい。いや、知らんがな。何で脳内事典にそういう情報は載ってないの? 不備だよ。
「ありがとうございます。それでは私たちはこれで」
「ええ、また来てくださいね」
受付嬢の笑顔に見送られて、俺たちは冒険者ギルドを去ろうとしたその時、俺の一番恐れていたテンプレが襲って来た。
俺たちの進行方向を遮るように立ちふさがる野郎どもが五人。下卑た笑みを浮かべている。
「なあ、そこの嬢ちゃんたちよぉ~」
「結構です」
「そうは言わずにさあ~」
いやいや、テンプレ過ぎませんか。何で「しかし、回り込まれてしまった!」のイベントをこんなクソ下らない奴らで消費せねばならんのだ。段々イライラしてきた。
距離を詰めて不躾に腕を掴もうとする俺の目の前の男。俺は一歩下がり、その腕を回避した。
「……くさ」
ごめん。本当にごめん。人の体質をどうこう言いたくはないが、ちょっと臭すぎる。碌に風呂に入っていないキツめの臭いがここまで漂ってくるのはNGだわ。俺も気をつけよっと。
俺の呟いた言葉はにわかに注目を集めて静まり返っていた周囲にも聞こえてしまったらしく、周囲には腹を抱えて机に突っ伏している人や、自分の臭いを嗅いでいる人もいた。何より、自分たちが笑い者にされていることに気がついた男たちは顔を真っ赤にしていた。
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