第2話 俺、俺……?

「は……!?」


 気がつくと俺は何処かの路地っぽいところに佇んでいた。目まぐるしく風景と話が移り変わって目が回りそうだ。


「ここは……? レンガ? おー、異世界っぽい」


 壁は日本ではあまり見られないようなレンガを積み上げて作られていた。空気も心なしか澄んでいるように感じる。壁に触れた腕が視界に入り、いつものスウェット姿とは違うことも確認できた。次いで視線を下に落とす。


「お、おおー……! 何これ!? 本物の皮の鎧ってやつか? すごいな、これ」


 なんかRPGに出てくる初期装備っぽい。弱そ~。剣もあるじゃん。本物? ……本物だぁ! 刃欠けてるけど。もっといい装備くれよ。あと権力。他の道具類は腰のポーチとボロいリュックに入っているのか? どれどれ……、金は……あるっぽいな。金貨に銀貨に銅貨。ふーむ、いくらの価値があるん……だ……?

 その時、俺の脳裏にあり得ない知識が溢れ出した。知っているのだ。この硬貨の価値を。それだけじゃない。この装備や今いる場所のこと、この世界の国々や種族について。果ては自身の才能まで理解できる。


「俺、本物の魔法使いになっちゃったよ……。まだ数年の猶予が残っていたはずなのに……。ぐはっ……」


 致命的なダメージだ。ダメだ、頭が真っ白に……ならない! フ、フフフ、フフハハハッ! 魔法使いだぁ? 最高じゃねぇの! 残念概念から文字通りの魔法使いにランクアップだぜぇ! ヒャッハー!


「で、特に才能があるのは嫌がらせ魔導か。へー……いや、嫌がらせ魔導って何!? 初めて聞くんだけど!? って、お?」


 何やら俺の灰色の頭脳が訴えかけているな? なになに……? 「お主は嫌がらせの天才じゃ。その性格共々、儂が保証する」。……次会ったら〆る。覚えとけハゲジジイ。俺はそんな悪趣味ではありませーん。ちょっと俺の名前をからかった輩に天誅を与えただけでーす。性格が歪んでいるのもそのせいでーす。俺は悪くありませーん。


「深く考えるのはやめよう。他には弓か。……弓? 触ったことすらないんだが?」


 俺は文化人だからそんな物騒なものに触ったことはない。手に持った武器なんて彫刻刀と包丁とアイスピックとノコギリくらいだ。一般人ならどれも触れたことがある範疇だろう。というか、弓の才能があるなら弓矢をくれよ。何で剣なんだよ。頭おかしいのかあのクソハゲジジイ。

 俺は他に必要そうな情報をピックアップして知ると、わんさか出てくる知識をシャットアウトした。


「よし、オッケー。後は何とかなるだろ。知らんけど」


 世界情勢の情報とか知らん。とりあえず仮の宿りと日銭を稼ぐことが先決だ。金貨があるなら一ヶ月は持つだろう。あ、ちなみに地球と同じような感じで時間とか季節とか進むそうでーす。覚えやすくていいね。他にも転移者とか転生者とかいるらしいが、興味ねーわ。

 と、俺は意気揚々と路地から出ようと歩き出し、ふと窓に映った自分の姿を見て動きを止めた。正確には衝撃で動きが止まった。


「……誰ぇ?」


 透明度の低い窓に映る俺の姿は、毎朝見ていた姿ではなかった。なんということでしょう。ザ・チー牛モブといった風貌のかつての俺の面影は綺麗にいなくなり、そこには中性的な顔立ちの人物が窓を見つめていた。髪色は如何にもファンタジーな銀色で、くりくりとした瞳は七色に移り変わる。


「……!」


 思わず見とれていた俺は全身に電流が流れたような衝撃を受け、電光石火の速さで股間を確認する。そこにはちゃんと俺の息子がぶら下がっていた。

 よかった~。本当に心配しちゃった。流石の俺も性別が変わるのはすぐに受け入れられる自信はない。ま、なったらなったで絶対に楽しむ自身があるが。


「あら~、若返った? 高校生くらいか? One more青春ってマジ? ……そういえばクソハゲ電波ジジイがなんか言っていたような……。見た目違和感しかねぇのに、身体に馴染むのはそのおかげか。礼は言う……わけねぇだろ! 俺の名前をからかった時点で天誅の対象なんだよ。というか、勝手に殺したんだから、これくらいしても当然だよな。……だよな?」


 何故か心配になったが、仮にも神なら寛容であるべきだし、前言撤回などしないだろう。ま、もし次会ったら問答無用で〆るんじゃなくて、辞世の句は読ませてやってもいい。あー、俺って優しい~。


「おし、改めてレッツゴー!」


 俺は意気揚々と路地から出る。これから俺の新たな人生が始まるのだ。自ずと足取りが軽くなるのは当然と言えよう。日が差し込む路地の出口は大通りへと繋がっている。知識ではそうなっている。これで実はドッキリでしたとかとかだったらワロエナイ。


「もしそうなったらこの見た目どうやったんだってことになるが……、ワンチャン電脳世界がうんたらかんたら的な可能性も? それはそれでいいか」


 路地から出た俺は太陽の眩しさに目が眩み、思わず手でひさしを作る。目が明るさに慣れ、目に飛び込んできた光景は、俺の不安を吹き飛ばすには十分なものであった。

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