第48話 樹海探検ツアー

「魔素を全く帯びない存在なんて、いるわけがありません」


「そうだよ。どうやって世界に干渉するっていうんだい」


「……実際に見たらわかりますわ」


 飽きれ気味の宮廷魔術師たちに、リーゼロッテが遠い目をして答える。

 視察団との顔合わせの翌日、樹海調査担当の一団が出発の準備をしていた。


 シキは調査に加わるが、ロナンドとエリンは屋敷に残って男爵領の開発計画に従事する。

 たった三人の男爵家なので、手分けして対応する必要があった。


 必要な人員はイルミナージェに頼るしかない。

 そして樹海の調査結果……供給される魔獣の素材の価値次第では、第一王子派、第二王子派も介入してくるだろう。

 イルミナージェは信用しているが、もし男爵領が一方的に搾取されるようなことがあれば……。


「シキ、大丈夫。いざとなったら地神教が味方になるから」


 思いつめた表情をしているシキにウルティアが話しかける。


「ウル姉、ありがとう」


 にへらと笑ったシキを見て嬉しくなって抱き着こうとしたが、今回もアルネイズに抱えていた杖を掴まれ阻止された。

 抗議の視線を送っても、アルネイズは無言で首を横に振る。


 ウルティアが杖を手放してまでシキに抱き着かないのは、アルネイズの気持ちを慮ってのことだ。

 一方でアルネイズの気持ちが分からないシキは、上から睨みつけてくる視線にとまどうばかりであったが。


 樹海の調査は数日に分けて、少人数のパーティーにて行われる。

 大人数で樹海に入り目立った行動を取ってしまうと、生息する魔獣を刺激して大量に呼び寄せてしまったり、弱い魔獣が逃げて生態系に影響を与える可能性があるからだ。


 実際はスプリガンが樹海の防衛ライン周辺を完全に掌握している。

 なので多少騒がしくなっても対処可能だが、そこまで実力を開示するつもりもないのでシキは口出ししない。


 本日の調査メンバーは第一王子派からウルティアとアルネイズ、スティーブ、第二王子派からはリーゼロッテ。

 第一王女派からはリックスという宮廷魔術師で、先ほどリーゼロッテに食って掛かっていたうちの一人で、冴えない研究職の中年男性といった風貌をしている。

 もう一人はサマンサという若い女性宮廷魔術師だが、調査には不参加だ。


「アルノーン伯爵、護衛騎士は連れていけませんが本当によろしいのですか?」


「構わないさ。君の見目麗しい精霊がどのような戦いを見せてくれるのか、楽しみ過ぎて昨日はなかなか眠れなかったよ。遅れを取るつもりはないが、もし足手まといになったら遠慮なく見捨ててくれたまえ」


 などと言って笑うスティーブであったが、彼の身に何かあれば当然第一王子派の印象は悪くなり、最悪誅殺を疑われる。

 危険な大型魔獣は接近する前にスプリガンで処理する予定だが、スティーブが暴走しないように注意が必要だった。


「アルノーン伯爵程の実力者であれば問題ないと思いますが、もしもの時は精霊の力で守りますのでご安心ください。それでは出発しましょう。オルティエ」


 オルティエを表示させると、白黒のゴスロリドレスを着た美女が空中に現れた。

 それを見たリックスとサマンサは絶句。

 目からハイライトが消えて背景が宇宙になっている。


「それ見たことかですわ!」


 そして何故かリーゼロッテが得意げに胸を張っていた。







「うわあ、ここまで魔素が濃いとは思わなかったよ。こりゃあ強い魔獣がいてもおかしくないねえ」


 リックスがローブの裾で額の汗を拭いながら呟く。

 意外にもリックスはリーゼロッテより立ち直るのが速かった。


 魔素を一切感じない謎の精霊に近づいて観察してもよいかと聞かれたので、シキはOKを出したのだがオルティエは嫌がりシキの背中に隠れてしまう。

 あくまで気まぐれな精霊の演出だったのだが、リックスを大層傷つけてしまったようだ。

 暫く俯いて悲しそうに歩いていた。


『オルティエ、後でリックスの観察に付き合ってあげてね』


『え、普通に嫌です。マスター以外の男性にまじまじと見られるなんて』


『おおっと、演出じゃなかった……』


「魔獣を見つけましたわ。あれはトレント魔木樹人の群れですわね」


 シキとオルティエが密談している間も、リーゼロッテは風精霊シルファを使って索敵していた。

 上空に飛ばしたシルファの目を通して周囲が見えるそうだ。

 スプリガンが射出する小型情報端末と性能が似ているが、精度には大きな差がある。


「トレントか。早速お手並みを拝見してもいいかね?」


「お任せください。あ、トレントの素材は価値があるのでしょうか?」


「魔木は杖や契約書の素材として重宝されるけど、今回は貴女の精霊の力を見るのが目的だから、遠慮はいらなくてよ」


「わかりました。皆さんは少し離れた所で見ていてください」


 リーゼロッテの指し示す方向にオルティエを引きつれたシキが向かう。

 普通の樹木に紛れてその魔獣は潜伏していた。


 木なのに獣とはこれいかに、なんて思ったシキであったが、ただの樹木とトレントには大きな違いがある。

 その違いは小型情報端末でスキャン済みなので、オルティエにはトレントの存在が筒抜けであった。


『それじゃあオルティエ。お願いするね』


『命令を受諾しました、マスター』


 シキの背後に控えていたオルティエが、一本の樹木の前へと進み出る。

 一見すると何の変哲もない木だったが、オルティエが接近すると反応があった。


 風に揺れていた枝が急に伸びてオルティエへと襲い掛かる。

 それを迎え撃ったのは轟く雷鳴……いや、銃声だ。


 オルティエの右手にはいつの間にか大型拳銃である〈アーク・ファルコン〉が収まっていて、伸びてきた枝を真正面から撃ち抜く。

 0.39マグナム弾によって枝は上下に裂けて千切れた。


 同時に側面から別の枝も迫っていたが、これは左手に持ったもう一丁の〈アーク・ファルコン〉で対応する。

 枝の根元を銃撃して本体から切り離すと、先端はオルティエに届く前に失速して地面に落ちた。


 反撃を受けて、擬態していた他のトレントたちも活動を始める。

 風もないのに木々が激しく揺れ、まるで森そのものが意志を持ったかのようだ。


『さて、あなたたちにはマスターの偉大さを顕示する礎になって頂きます』


 両手に銃を持ったトゥーハンドの美しい淑女が、蠢く木々に向かって優雅に一礼した。

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