第47話 怖いそうです
シキのわからないという返事を聞いて、リーゼロッテの眼差しが剣呑なものへと変化する。
「第一王女殿下の前で偽ることは不敬罪になると、知っていての発言かしら? その罪は重く斬首もありえましてよ」
「いいえ、本当に私には何の精霊か分からないのです」
シキは嘘は言っていない。
リーゼロッテが契約しているのは風精霊とのことだが、オルティエたちスプリガンがこの世界でいうところの何精霊なのかは本当に知らない。
「ふうん、それなら直接確かめるまでですわ。出しなさい、貴方の精霊を。おいでシルファ」
そう言ってリーゼロッテが両掌を上に向けて前方に翳すと、その上に薄緑の淡い輝きが生まれた。
輝きは小さな竜巻となり渦を巻いてから霧散すると、その中から小さな半透明の人型の物体が飛び出す。
それはアイドル衣装のようなフリル付きドレスを着た、中学生くらいの女の子の姿をしていた。
ただし体長は三十センチ程しかないし、体は半透明だ。
背中からは透き通った虫のような翅が生えている。
「おお……」
初めて見る本物の精霊にシキは感動する。
ただちょっとスタイルが良すぎるので「大きいお友達用のフィギュアみたいだなあ」と思った。
ボブカットのその精霊は両手を腰に当てて、仁王立ちならぬ仁王浮きしてシキを挑戦的に見下ろしている。
なんとなくリファを思い出させる顔つきだ。
「ほら、早くしてくださる?」
「あ、はい。オルティエ」
オルティエが〈スキン変更〉で打合せ通りの衣装に着替えたのを見計らって、〈表示設定〉をオンにする。
リーゼロッテの精霊シルファと違い、気配もなく突然シキの背後に現れたそれに、武術に心得の有るスティーブが反応した。
急に立ち上がったため椅子が後ろに倒れ、控えていた護衛騎士たちが剣の柄に触れたところでスティーブが制止する。
「大丈夫だ。少し驚いただけだ……しかしなんと美しい」
黒と白を基調としたドレスで露出度は高くない。
丸みを帯びたデザインの肩口は、袖に近づくにつれて広がっていた。
いわゆる姫袖になっていて、肘と二の腕の外側にはアクセントとして大きな黒リボンが付属。
スカートは白のフリルと黒い前垂れが交錯している。
腰元は黒紐のコルセットで絞られ、オルティエの豊満な胸が強調されていた。
頭には黒いカチューシャを被っており、長い銀髪とのコントラストよくが映える。
これはBreak off Onlineのハロウィンガチャで出るゴスロリ衣装である。
衣装だけでなく地雷系メイクもばっちり決めていて、まるで別人のような仕上がりだった。
今回は何故ウェディングドレスではないかといえば、単純にこの場所が狭いことと、多種多様な姿を見せて神秘性を持たせたいとのこと。
というのは建前で、単に本人が着たいだけのようだが。
スティーブを筆頭に誰もがオルティエの美しさに息をのむ中、リーゼロッテと風精霊シルファは少し様子が違った。
驚きの表情と共にぽかんと口を開けて硬直している。
シキは全く同じ表情の二人の背後に宇宙を幻視した。
「え、どゆことですの? ランディ様から聞いていたけど本当に魔素を感じないのだけれど? なんか全体的に黒いし精霊じゃなくて死霊ではなくて?」
死霊扱いされてオルティエの頬がひくついた。
「えーっと、改めてエンフィールド男爵家の精霊について、私が知っていることをお話しします」
・エンフィールド家は代々の領主から次代の領主へ精霊の加護を引き継いでいる
・精霊たちの姿は受け継いだ当人にしか見えない
・精霊の力は魔獣の討伐、ひいては国防のためだけに使われる
・常に樹海に精霊を配置し、細かい指示が必要な場合は精霊語の呪文と空中に現れる魔導書を使う
・この精霊は通常の精霊魔術とは完全に独立した存在で、少なくともロナンドには通常の精霊魔術の才能は無かった
「これに加えて私はこの精霊オルティエと相性が良いのか、限定的に姿を見せてもらえるようになりました。逆に言うとそれ以上のことはまったく分かりません。ですので皆様には視察を通して調査して頂きたいです。もちろん全面的に協力します」
現時点でアトルランにスプリガンの非表示状態を看破できる存在は確認されていない。
なので元々男爵領で引き継がれてきた情報以外は極力隠蔽し、あとはご自由に調べてください。
契約? ちょっと何言ってるか分からないです。
というのがシキたちの作戦だ。
「……はっ、意識が飛んでいましたわ。その魔導書というのを出してくださる?」
「はい、出しました」
「何も見えないし魔素も感じない……。精霊とはどうやって契約しますの?」
「祖父から〈権限変更〉でもらいました」
「は? 契約に伴う試練は?」
「なんでしょう? それは」
「………この場所を整地したのは貴方の精霊ですわよね? 《土変化》の精霊魔術を使ったのかしら」
「どうなんでしょう? 見てないうちにこうなっていたので」
「…………貴方の精霊に触ってもよろしくて?」
「はい、どうぞ」
シキが許可したのに、何故かリーゼロッテはオルティエに近づかなかった。
そしておもむろに目の前で浮いていたシルファの背中を押す。
急に押されて「ちょっ」みたいな顔をしたシルファであったが、数秒の攻防の後に観念してオルティエに恐る恐る近づく。
おっかなびっくり人差し指でオルティエをつんつんした。
何故か胸元を。
その弾力を堪能した指先をじっと見つめた後、怯えた表情でリーゼロットの元へ飛んでいき彼女の背中に隠れた。
少しだけ顔を出してこちらの様子を伺う仕草は、完全に怯えた犬のそれである。
『なんだか扱いに納得いかないのですが!』
「ひぃぃ、何か怒ってるっぽいですわっ」
これにはオルティエもキレたが、音声は切ってあるので問題なかった……?
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