第45話  ここを開拓地とする

 荷電粒子収束射出装置ラプソディはビーム兵器である。

 ビームとはなんぞや? と聞かれても、名前から荷電粒子がなんか熱くなってすごいことになる、くらいの認識だ。


 オルティエに聞けば嬉々として設定上の原理は教えてくれるかもしれないが、シキの頭では理解できないだろうし、聞いたところで地球やアトルランの物理法則と同じとも限らない。

 説明を受けても理解できないと申し訳なかったので、シキはあまり詳しくは聞かないようにしていた。


「こ、これはっ」


 先触れの騎士を伴ってやってきた開拓候補地には、小学校のグラウンドのような広場が出来上がっていた。

 この世界で森林地帯を開拓するとなると、完全に人力か魔術での対応となる。

 人力なら斧で木を切り倒し、地面を掘って根を引き抜く。

 魔術でもはやることは同じだが《風刃》等を使えば効率は桁違いである。


 スプリガンたちにお願いして、木の伐採と撤去までしてもらっていた。

 あとは根の除去だけだったのだが……。


「三日間は整地に費やす予定でしたが、これならすぐに天幕が設置できそうです」


 その予定はアリエの暴走によって短縮された。


「これもあの〈雷霆〉と引き分けたという、シキ殿の精霊魔術によるものですか?」


「ええ、まあ……」


 シキは先触れの問いかけに曖昧に答える。

 これさっきの熱風の時に出来たんですよ、とは言えなかった。

 地面に近づき恐る恐る触れてみる。


「熱くない」


 荷電粒子収束射出装置ラプソディはビーム兵器なので、この広場は焼き払って出来たもののはずだ。

 実際に一瞬だが熱風が吹き荒れたし、地面は高熱に晒されたためか一部がガラス化している。


 にもかかわらず、村の入り口からここまで来る数分の間に冷めてしまったようだ。

 そもそもビームを撃っただけで地面が平らになるのだろうか。


 根を焼くためか、地面は元々あった地表より一メートルほど削れている。

 ただ元の地表は奥側に進むにつれて緩やかに傾斜していたので、突き当りは地表と同じ高さになっていた。

 そしてその先はすぐに川が流れているので、水捌けの問題もなさそうだ。


『荷電粒子収束射出装置は局所攻撃と大域攻撃、両方に特化した兵器です。防磁繭ぼうじけんによって荷電粒子を囲い指向性を持たせるだけでなく、指定範囲外への影響はナノパーセントまで減少させることが可能です』


「……」


 勝手に始めたオルティエの解説で、理屈は分からないが理由は理解したシキである。

 きっちり範囲指定できるなら、地面を水平にするのも容易なのだろう。

 ナノパーセントであの熱風なのかと威力の高さに戦慄する。


「ところで随分と男爵家の館から離れた位置を整備したのですね」


「あー、川と隣接していたほうが便利かなと思いまして」


「なるほど」


 真相は領民にスプリガンの存在を悟られないためである。

 非表示設定、物理判定オフならスプリガンの姿は見えないし機体の駆動音もしなくなるが、木々を切る音まではなくならない。


 スプリガンの武器を使えば大木も稲を一束刈るくらい容易で、発生する音も最小限だった。

 なので距離さえ離してしまえば領民の耳に入ることはない。


 後日、急に大量の木々が伐採された現場を見て驚くことにはなるが、これはエリンが夜なべして頑張ったことにしてある。

 強力な加護を持つ〈剣姫〉なら木の伐採もできてしまう。

 本気を出せば魔術での伐採効率に並ぶそうなので、やっぱり母様は人間を辞めていた。


 アリエが荷電粒子収束射出装置をぶっ放してしまった時はどうなることかと思ったが、大きな混乱もなく視察団は広場に天幕を設置していく。

 結果的にスプリガンの隠蔽性能の高さを再認識することになった。


 皆第二王子派の騎士たちの発言に怒ってはいたものの、冷静さを完全に失っていたわけではないようでシキは胸を撫でおろす。


『スプリガン二体も待機してて大丈夫?』


『問題ありません。樹海の索敵は小型情報端末リーコンで継続していますので、大型魔獣が現れた場合は現地へ急行可能です』


 遠巻きに視察団を眺めていたシキが視線を上に向けると、そこにはスプリガンたちの姿がある。

 武装を展開して視察団を威圧するかのように見下ろしていた。

 もちろん非表示設定なのでシキ以外には見えていないが、スプリガンたちが視察団を魔獣と同様に排除する対象として見ているように感じられた。


『物事には優先順位がある』


『マスター?』


『一番大切なのは俺を養子として迎えてくれたエンフィールド男爵家とその領民たち。当然それを守り続けてくれたスプリガンの皆も含むよ。二番目が王都の孤児院の先生と仲間たち。三番目が男爵家に味方してくれるイルミナージェ第一王女様かな』


 最も権力のある第一王女を優先するのも選択肢の一つだが、当然シキはそんなことはしない。


『決して皆を蔑ろにしているわけではないと信じて欲しい。そして嫌な思いをさせてしまってごめん』


 シキの突然の謝罪に、スプリガンたちがボイスチャットの向こう側で色めき立つ。


『シ、シキ君。別にお姉さんは困らせるつもりはなかったのよ』


『ごしゅじん謝らないでー。悪いのは全部アリエだから』


『エル!? 貴女だって発砲しそうになってたじゃい』


 上空のスプリガン二体、アリエとエルが突然取っ組み合いを始めていた。


『視察団にうまく国防の事実を確認させる事ができたなら、今後は領主として敵意や悪意を持つ者は排除すると約束する。だから力を貸してくれないだろうか』


『我々スプリガンはマスターを全力でサポートします。それが存在意義です。こちらこそ申し訳ありませんでした。マスターの気持ちも考慮せず、感情に任せた振る舞いをした我々をお許しください』


 腰を直角に曲げて謝罪するオルティエに、今度はシキが驚く番だった。

 オルティエはサポートが存在意義だというが、彼女たちの感情を殺してまでサポートしてもらいたいとは思わない。


『ううん、我慢し過ぎも良くないから、適度に発散はしてくれていいんだよ。今後ともお互いにすれ違わないよう、コミュニケーションを取っていこう』


『ほんとー? じゃあ次むかついたらエルがロケットランチャー撃つね』


『駄目よ! ちゃんと計算して撃たないとシキ君の迷惑になるでしょ。だからお姉さんに任せなさい』


『えーやだー』


 動きを止めていた上空のスプリガンが再び取っ組み合いを始めた。

 そのロボットなのに妙にコミカルな動きがおかしくて、シキとオルティエは見つめ合って笑う。


『やっぱりわざと荷電粒子収束射出装置を撃ったんだね』


『……あっ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る