第44話 エンフィールドへようこそ(怒)

「おおー、壮観だ」


 スプリガンの小型情報端末リーコンが映し出す俯瞰画面を見てシキが唸った。

 主要街道を沢山の騎馬兵と馬車が移動している。

 これらは全部エンフィールド男爵領視察団だ。


 その構成の内訳は第一王子、第二王子、第一王女の各派閥から抜擢された騎士団員と視察官。

 冒険者ギルドからは樹海調査のための冒険者と、支店を設置するための職員。

 商人ギルドからは魔獣の素材鑑定、及び今後のエンフィールド男爵領開発費用を算出するための、大店の幹部たちである。


 人数は総勢八十五名。

 その中にはウルティアとアルネイズ(第一王子派)、リーゼロッテ(第二王子派)、イルミナージェ、テレーズとドロシー(第一王女派)も含まれていた。

 冒険者ギルドの面子の中には王都のギルドで出くわした優男、クリフィン・アイストフの姿も見える。


「本当にみんな来ちゃったね。ランディさんだけ不参加だけど」


 ランディは第一王女派に加わると公式に発表したことで、ウォルト侯爵家の長子としての仕事が詰まっていた。

 それもあってリーゼロッテにシキの調査を依頼したのであった。


 もちろん第一王女派の中にもその人員は用意されている。

 そしてこれらの情報は〈SG-061 リファ・ロデンティア〉の鼠型ドローンの諜報活動によって、漏れなくシキに届けられていた。


『ありがとう、リファ。第二王子派には例のサンルスカ侯爵家もいるんだっけか』


『にぃに! いるよ。ジーナ・サンルスカ。こいつが第二王子の情婦で王女暗殺を企んでるから気をつけてね』


 サンルスカ侯爵家が暗殺の実行犯ということは、狙われている本人であるイルミナージェには伝えていない。

 伝えるとなれば、どうやって知ったのかの説明も必要になってしまう。

 イルミナージェが相手でも、まだスプリガンの真実を教えることはできなかった。


『まあ第二王子派はリーゼロッテさん以外、全員敵っていう認識でいいだろう』


 リファの諜報結果をざっくりまとめると、第一王子派は中立、第二王子派は敵、第一王女派は味方である。

 冒険者、商人ギルドも利益さえ提供できれば味方に含めても良いか。


 エンフィールド男爵領はレボーク王国の東端にある。

 国の端ということは男爵領に用事のある者しか、そこまでやってこない。

 つまり道が狭く碌な整備もされていなかった。


 主要街道では二列から三列で進行していた視察団も、男爵領へ続く細道へ入ると一列にならざるを得ない。

 道の左右は木々が生い茂り見通しが悪く、各派閥の責任者を乗せた馬車を護衛する騎士たちは神経を尖らせていた。

 悪路のため速度も徒歩並みかそれ以下に落ちている。


 エンフィールド男爵領を発展させるならば、この道もどうにかしなければならないだろう。

 スプリガンでどこまで手伝うかは要相談だが、交通インフラについては木々を伐採して道を広げるくらいまではやってもいいと、シキは思っている。


 もう一部は手を付けてしまった。

 整地もやろうと思えばできるが……。


「おいおい、ほぼ手付かずの未開地じゃないか。この先に本当に村なんてあるのか?」


「村じゃなくて村のような男爵領らしいぞ」


「どっちでもいいが天幕を設営するにはまず木を伐採して、魔術師共に整地してもらわんとならんな」


「ったく俺たちゃ木こりじゃねえっての」


「こんな奥地、魔獣の住処になったって誰も困らないだろ。住んでるやつらは馬鹿じゃないのか」


「魔獣から国を守っているって名目で年金を取ってるんだ。そのためなら嘘もつくだろう。この先に村すら無くても俺は驚かないぞ」


 視察団の近くを浮遊していた小型情報端末のひとつが、第二王子派の騎士たちの音声を拾う。

 あ、これはまずいなとシキはオルティエの顔色を窺うと……いい笑顔だ……とても怖い……。


 スプリガンたちにとってエンフィールド男爵領は、歴代のマスターたちのために332年守ってきた場所だ。

 その場所を貶されて何も思わないわけがない。


「あの、オルティエ……」



「何も問題ありません。先ほどの音声データは全スプリガンと共有済みです」


「ちょっ」


『……………』


 慌てて音声チャットに意識を向けるが、シキの耳には何も聞こえなかった。

 文句のひとつも上がらないのが逆に怖い。


 一抹の不安を覚えながら、シキは視察団を出迎えるべく村の入口で待機する。

 暫くすると視察団の先頭が見えてきた。

 それは第一王子派の一団で、馬に乗った先触れの騎士がやってくる。


「エンフィールド男爵家長子のシキ殿とお見受けしますが、相違ありませんか?」


「はい。私がシキ・エンフィールドです。申し訳ありません。我が領には皆様が滞在できる広さがありませんが、如何いたしましょうか?」


「話は第一王女殿下より伺っています。我々騎士団で視察団の滞在場所を確保しますので、周囲の森で切り拓いても良い場所を指示して頂きたい」


「それでしたら向こうが……」


 その時、事件は起こった。

 シキが村の北西側を指差した瞬間、森の奥が閃光に包まれる。

 少しの間を置いて、木々の隙間から熱風が吹き荒れ襲い掛かってきた。


「「うわあっ!」」


 シキは熱風に煽られ尻もちをつき、先触れの騎士は驚き暴れそうになっている馬を必死に宥めようとしている。

 そして笑顔を貼り付け微動だにしないオルティエ。


 幸いにも熱風は一瞬のことで火傷することはなかった。

 閃光は先触れの騎士にはので、ただ急な風に吹かれて驚いている。


「い、今の風は一体」


『ごっめ~んシキ君。お姉さんブーストするつもりが間違って射撃のトリガーを引いちゃったみたい』


 シキの視界に広がる拡張画面の小窓にはスプリガンのコックピットが映し出されていて、荷電粒子収束射出装置ラプソディをぶっ放した〈SG-068 アリエ・オービス〉がてへぺろしていた。


「……えーっと、開拓候補地、見に行きます? 候補地というか確定地だと思いますが」

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