第41話 加護の世界
シキは精霊使いである。
冒険者のポジションで言えば後衛で、前に出て戦う必要はない。
「でも後衛だって敵に詰め寄られたりした時に対処できるほうがいいと思うんだ」
「それはそうね」
同意しつつもエリンの表情は優れない。
眉間に皺が寄っている。
キャンピングカーで朝食を済ませたシキはルミナと別れ、合流したエリンと共に樹海の防衛ラインの外側へ移動した。
そして遭遇した
ゴブリンは邪人という敵性種族に分類されている。
このアトルランと呼ばれている異世界では、神話の時代から世界を作った創造神と、宇宙からの侵略者である外様の神との戦いが繰り広げられていた。
邪人は元々は創造神が作った種族だったのだが、外様の神に魅入られて裏切り、世界の敵となった種族たちの総称だ。
外様の神の先兵である闇の眷属と同様に出会ったら最後、どちらかが死ぬまで殺しあうことになる。
ゴブリンは子供のシキと同じくらいの背丈で、緑色の肌に襤褸を纏い、粗末な棍棒を握っていた。
シキの前世でも馴染みのある姿形と言えよう。
そのゴブリンたちがシキに群がっている。
一対多数という圧倒的優位からか、ゴブリンたちは残虐な笑みを浮かべながらシキに向かって棍棒を振り下ろす。
しかしそれをシキは余裕で躱している。
「うーん。足運びが素人なのに、速さは並みの冒険者以上ね。だから違和感が凄いわ」
それがエリンの眉間に皺が寄っている理由だった。
シキは現在、CRで購入したパワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉を着込んでいる。
このパワードスーツは体形に合わせて収縮するタイプなので、インナー代わりに着て上から普通の服を羽織れば目立たなかった。
「そんなこと言ったって実際に素人なんだから仕方がないじゃないか」
棍棒を躱す度にへっぴり腰になるシキであったが、意外と余裕はある。
それは体内に取り込まれているナノマシンがシキの脳内分泌に作用し、体感時間を大幅に加速させているからであった。
死の直前に世界がスローモーションになるあれである。
そしてパワードスーツは着用者の体を守り、身体能力を向上させるだけでない。
「それではオートアサルトモードを起動させます」
「おわっ」
オルティエがパワードスーツの機能を開放すると、それまで無様に逃げ回っていたシキの挙動が当然洗練されたものになる。
ゴブリンが振り下ろした棍棒の側面を右の裏拳で叩き軌道を逸らし、空振りしてつんのめったゴブリンの腹を左の掌底で押す。
ぐしゃりという骨と内臓が潰れる音を残して、腹を押されたゴブリンが水平に吹っ飛んでいく。
隣の同胞が忽然と姿を消して首を傾げたゴブリンの顎を捉えたのは、シキが腰から抜き放った警棒だ。
横振りの遠心力で収納されていた警棒の先が伸び、ゴブリンの顎を打ち据える。
顎を砕いただけでなく、首が耐えきれず180度捻じれたそのゴブリンは即死した。
仲間がやられてもゴブリンたちは怯まない。
彼我の戦力を把握する頭を持ち合わせていない。
あいつは失敗しただけで自分は失敗しないと、根拠のない自信と共に粗雑な棍棒を振るうだけだ。
「あっ、すごい! シキが戦闘系の強力な加護持ちになったみたい」
エリンの感嘆の声もスローに聞こえる世界をシキは駆ける。
左側面で棍棒を振り上げていたゴブリンに肉迫し、そいつの腕を掴んで放り投げた。
まだ事態を呑み込めていない呆けた表情のそいつは、肉の砲弾と化して後詰めのゴブリンどもと激突する。
数体のゴブリンを巻き込んだ結果、砲弾にされた肉と被弾した肉が混ざりあって地面に散乱した。
これが戦闘系の加護を持つ者……エリンたちの世界なのか、とシキは戦慄する。
シキは【吟遊神の加護】持ちで、その恩恵は声がよく通るとか、音感に優れているとか非常に地味で戦闘では役に立たない。
スプリガンの能力も大概だが、神の加護も大概だった。
圧倒的な暴力でゴブリンどもを蹂躙する感触に高揚する一方で、過去に一度だけ体験した肉を貫く感触を思い出す。
すると高揚していた気分は消し飛び、冷水を浴びせられたかのように体が冷たくなっていく。
「もう実験は十分でしょう。あとは私たちにお任せください」
シキのバイタルの変化を見逃さなかったオルティエが、大型拳銃〈アーク・ファルコン〉を構える。
そして生き残ったゴブリンをエリンと二人で始末して回った。
「その鎧? 凄いわね。私にも着られるかしら?」
「申し訳ありません。パワードスーツはマスター専用です」
購入できるパワードスーツは何種類かあるものの、マスター登録した人物にしか装着できない設定になっていた。
「ナノマシンの治療効果が無い状態でオートアサルトモードを起動させたら、体中の筋肉が千切れるんじゃないかな……」
パワードスーツに強引に体を動かされるという経験をしたシキの、率直な感想だった。
「その通りです。故にナノマシンが体に常在しているマスター専用となります。いくらナノマシンで再生するとはいえ、マスターの体に負担をかけたくないのですが……」
「うーん、でも咄嗟の攻撃を自分で防げるほうがいいと思うんだよね」
「私たちスプリガンの護衛は信頼できませんか?」
「うっ」
僅かに瞳を潤ませたオルティエに見つめられてシキがたじろぐ。
「まあまあ、念のためならいいじゃない。オルティエたちがちゃんとシキを守れば、この鎧も着ているだけで使わなくて済むのだし。それに万が一シキを守りきれず傷つけてしまったら、それこそ悔やむことになるんじゃないかしら」
シキが傷つくかもしれない、と聞いた時のオルティエの表情は名状しがたいものであった。
傷つけた仮想敵への憎悪と、守れなかった己への慙愧がない交ぜになっているような……。
「エリンの言う通りね。確かに慢心は良くないわ。マスター、今後も過度の負荷にならない程度に戦闘訓練を致しましょう」
「う、うん。よろしくね」
最近になってエリンとオルティエは、お互いを名前で呼び合うようになっていた。
オルティエがシキたちに対してより遠慮をしなくなって嬉しいと思う反面、向けられる激しい感情にちょっとだけ気後れしてしまうシキであった。
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