第32話 スプリガンに悲しき過去
「食欲は人間の三大欲求の一つだ。たとえ栄養面で問題がなくても、美味しいものを食べて欲求を満たすということに意味があるんだ。この串焼きを嬉しそうに食べるシアニスを見てくれ」
「ふぁい?」
串焼きの最後のかけらを口いっぱいに詰め込んでいるシアニスが首を傾げた。
そしてシキが手に持っている串焼きをじっと見つめている……。
「食べかけでいいなら食べる?」
「ありがとうございます!」
まさかこんなに食いしん坊キャラだったとは。
一本目よりは落ち着いて、噛みしめるように肉を頬張るシアニスにシキは目を見張る。
『申し訳ありませんマスター。私は立体映像なので食事ができません。故に栄養さえ確保できていれば問題無いと、食事の重要性を失念していたようです』
オルティエが悲し気に俯いたところでシキは失言に気が付いた。
「あ、その……ごめん。無神経なことを言った」
体温があり傷つくと血が流れ、シアニスのように食事を取ることもできる。
AIと言うわりにほぼ生身の人間の姿をしているが、その実態は
シアニスたちコアAIはスプリガン用のパイロットとして、試験管の中で作られた合成人間らしい。
遺伝子操作により人以外のDNAが配合され、身体能力や感覚を強化されていた。
シアニスに犬耳と尻尾が生えているのはそのためで、脳にはスプリガンと連動し制御する端末が埋め込まれている。
しかも彼女たちは初期段階の実験体で、
中には不完全な実験の後遺症で未だに苦しんでいるコアAIもいるという。
自分たちがゲームのキャラクターでそういう設定だと自覚している節はあるが、その設定に縛られていることもまた事実。
気軽に彼女たちの生い立ちを聞けるほどシキは無神経ではなかったが、立体映像であるオルティエに対しては失敗してしまった。
「そうか、そうだよな。一緒に寝る時も横になってるだけで睡眠を取っている、というわけでもないみたいだし」
夜中にふと目が覚めると、添い寝しているオルティエがこちらを凝視していたのは軽いホラーであった。
本人には言えないが……。
『いいえ大丈夫ですマスター。確かに私は三大欲求のうち二つは持ち合わせていません。ですが三つ目の欲求はあります』
「……はい?」
『ですから、マスターが十八歳になった暁には、是非ともマスターの初めてを……』
「抜け駆けは駄目」
悲し気な雰囲気はどこへやら、鬼気迫る勢いでシキに詰め寄ろうとしたオルティエの前に、何者かが急に現れて立ちはだかる。
「あっ、プリマちゃんだ! プリマちゃんもこれ食べない?」
彼女の名前は〈SG-069 プリマ・グリエ〉。
本日のシキの護衛担当である少女だ。
半袖半ズボンの軍服姿で首元には赤いマフラーが巻かれ、口元が覆われている。
髪型は茶髪のアシンメトリーで左目が隠れていて、見えている右目は眠たそうにとろんとしていた。
シアニスと同じコートを羽織っているが、股の間からは茶色くて長い尻尾が覗いている。
「今は主君の警護任務中だからいい」
「一本はプリマのために買ったんだけど」
「じゃあ頂く」
一度は断ったプリマだったが、シキから自分用に買ったものだと聞いて手の平を返す。
自ら屋台の店主のもとへ残りの焼き串を取りに行き一本をシキに手渡し、もう一本はマフラーをずらしてもそもそと食べ始める。
シアニスほど過剰な反応はしなかったが、眠たそうな目が少し開かれたので、串焼きは美味しかったようだ。
『プリマ、食べ終わったらすぐ任務に戻るのですよ』
「わかってる」
邪魔されたオルティエから小言が飛ぶが、わかったと言いつつ食べるスピードを落とすプリマである。
『貴女ねえ……』
「王家の間者三名、三方に分かれてこちらを監視してる。シアニスは間者が監視をやめるまでただの獣人のふりをすること。主君もシアニスに〈搭乗〉を使って急に姿を消させたりしないで」
「やっぱり見張られてるのか。まあ令嬢よりましかなあ。わかったよ、ありがとう」
報告と串焼きを食べ終えると「ごちそうさまでした」と頭を下げてプリマは立ち去った。
人目につかないところまで移動してからボイスチャットで連絡をもらい、プリマを〈搭乗〉させる。
すると向かいの屋根の上で停止していたスプリガンが動き出し、こちらに向かってサムズアップしていた。
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