第19話 斬った張った
王家の紋章が入った馬車を襲う野盗は
商人の荷馬車や乗り合い馬車よりも厳重な警備がされているので、襲撃を成功させるには相当な戦力が必要だからだ。
それにもし襲撃に失敗して、幸運にもその場からは逃げ延びたとしても、通常の犯罪者よりも遥かに厳しい捜査の手と極刑が待っている。
つまりリスクが大きすぎるのだ。
では警備の薄い王家の紋章入り馬車ならどうか?
王家を騙る偽者の可能性がないこともないが、もし騙りが発覚した場合はやはり極刑なので、そんなことをする輩はまずいない。
何か理由があって警備が薄いだけなのだとするならば、野盗の判断は……。
左右の藪から突然、複数の武装した男が飛び出してきた。
街道を塞がれ、馬車を先導していたテレーズが慌てて馬を止めた。
「貴様ら! レボーク王家の馬車と知っての狼藉か」
「王家にしては護衛が全然いねぇな。まぁどっちでもいいさ。てめえら、出来るだけ傷つけるなよ。これだけの上玉、めったにありつけねえからな」
リーダー格の男の言葉を受けて、他の男たちがテレーズと馬車の御者をしていたエリンに欲望でギラギラした目を向ける。
「あらあら、そんなに見つめられたら怖いわ」
台詞とは裏腹に、エリンは獲物を見つけた狩人のように不敵に笑っている。
かつて〈剣姫〉という二つ名が付くほどに優秀な冒険者だったエリンにとって、野盗など狩りの対象でしない。
「シキ様……」
「あー、うん。大丈夫。うちの精霊が張り切ってるから、母様の出番もないかな」
馬車の窓から外の様子を見ていたシキは天井にいるスースが、エリン以上に獰猛な笑みを浮かべているのを目撃する。
次の瞬間にはテレーズと野盗たちの間まで移動していて、白鞘の刀を抜刀していた。
『スース、無益な殺生はなしだよ』
『はい。心得ました』
「なんだあのガキ。何を言ってる……ぐぎゃっ」
目にも留まらぬ速さでスースに顎を打ち付けられ、男が錐揉みしながら吹っ飛んでいく。
シキの指示通り殺生なしの刀での峰打ちだったが、その威力はすさまじい。
男の顎の骨は砕かれ、意識は一瞬で刈り取られた。
『御屋形様をガキ呼ばわりとは、無礼者めが。万死に値する!』
『殺生はなしだよ』
『むう……心得ました』
主への無礼に激高していたスースであったが、渋々命令に従う。
「な、何が起きてやがるっ」
リーダー格が動揺している間に、仲間が次々と打ち倒されていく。
シキ以外には不可視なので避けようもなかった。
隣の仲間がやられたのを見て男が当てずっぽうに剣を振るうが、スースにはかすりもしない。
その男は腕をしたたかに打ちつけられ剣を取り落とし、耳元で風切り音を聞いたところで意識を手放した。
もしこの男が剣の達人だったならば、仲間のやられ具合や気配から太刀筋を読めたかもしれない。
そう、エリンのように。
「むむっ、これはもしかして剣術? シキ、この精霊様と手合わせしたいわ」
「はいはい、機会があったらね」
エリンにはスースの立ち回りが想像できるようで、しっかりと視線で追っている。
スースが野盗十人全員を叩きのめすのにおよそ十秒。
馬を降りて抜刀したテレーズが戦う前に決着したため、ぽかんとしていた。
「こ、これが精霊様の力……」
「全員命を奪わずに無力化させました。目が覚めても、自力では碌に動けないでしょう。あとはこれから立ち寄る街の騎士団にお願いしてもよいですか?」
「あ、ああ。タクティス子爵領の街はもう目の前だからそれで構わない」
『スースありがとう。あとは通りがかった誰かが間違って助けたりしないよう、藪の中に隠しちゃおうか』
『はいっ』
シキから直接礼を言われてご機嫌になったスースが、鼻歌交じりに地面に這い蹲る男たちを摘んで藪の中へと放り投げる。
結った黒髪が喜ぶ犬の尻尾のように揺れていた。
『私も手伝いましょう』
馬車に同乗していたオルティエもそれに加わる。
男たちが勝手に浮き上がって藪の中に飛んでいく光景を見て、テレーズとイルミナージェは驚いていた。
エンフィールド男爵領の隣にあるタクティス子爵領にたどり着き、護衛の騎士を補充してしまえば野盗に襲われる心配はもうない。
それから一週間ほどかけて、シキたちはレボーク王国の王都サルバンへと到着した。
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