第18話 王女との取り引き
「それじゃあお父様、いってくるわね」
「うむ。気を付けるのじゃぞ。シキもその短剣をなくさないようにな」
「わかったよ、じいちゃん」
シキが腰に差した短剣の柄をポンと叩く。
短剣が収まっている鞘には、蔦の絡む剣をモチーフにした紋章が施されていた。
「馬車と馬が残っていて良かったですね。王女殿下」
「はい。人員については最寄りの騎士団詰所で補充させて頂ければと」
「私が先導をするので、すまないが御者を頼む。エリン殿」
イルミナージェたちが追っ手から逃げる際に放棄した馬車と馬であったが、幸いにも現場に残っていた。
テレーズ曰く騎士団や王家が使う馬は、有事の際に怯えや興奮で暴走しないように、また人と離れてもその場に留まるよう躾けてあるそうだ。
王族用の豪奢な馬車をシキが見上げると、扉には短剣と同じ紋章が描かれていた。
更に視線を上げると、馬車の屋根の上に一人の女性がいる。
オルティエの着る軍服と同じ
上半身はさらしのみで、零れそうなほど大きな胸が全く隠しきれていなかった。
手には鍔のない白鞘の刀を持ち、あぐらをかいて腕を組み座っている。
『何故そんなところに?』
『それは無論、ここが御屋形様を守るのに最も適しているからでございます』
彼女の名前はスース。
〈SG-072 スース・ファシロ〉のコアAIで、シキの王都までの旅路の護衛に抜擢された。
尚抜擢するにあたりコアAIたちによる熾烈で醜い争いがあったが……シキは頭を振ってその記憶を頭の隅に追いやる。
スースは黒髪黒目の、シキにも馴染のある和風美人だ。
張り切った様子で周囲を警戒していて、首を巡らせる度に長いポニーテールが揺れた。
スプリガンである〈SG-072 スース・ファシロ〉本体も自動操縦で追従する設定にしてあり、上空でホバリング待機している。
〈SG-071 シアニス・エルプス〉と同様に重厚な装甲を纏った人型兵器だが、装甲の意匠が若干武者鎧風であった。
スプリガン本体もコアAIのスースも〈非表示〉設定にしているので、シキ意外には見えていない。
いくら相手が王族とはいえ、いや、王族だからこそシキの精霊使いとしての超越した能力は引き続き隠すべきだと、昨晩ロランドとエリンの三名で話し合って決めていた。
エリン曰く〈非表示〉設定だとスプリガンが発する音も気配も一切感じないそうだ。
可視光線は100パーセント透過するので太陽の光も遮らないが、物理的には存在していている。
なまじ現代人としての知識があるシキからすると、完全に透明なのに物理的に存在するというのは違和感を覚えるものであった。
『霧や雨に接触したら、間接的に姿が見えちゃうよな。気を付けないと』
半ば独り言だったシキの言葉に、オルティエが返事をする。
『オブジェクト単位で〈物理判定〉の有無も設定できます。攻撃判定以外を無しにして頂ければ、雨等で姿が露見することもありません』
『そんなことまで細かく設定できるんだ……ん? それじゃあ物理判定を無しにしておけばスプリガンは無敵ってこと?』
『はい。ですがマスターを守るうえでスプリガンの装甲が役に立ちますので、基本的には〈物理判定〉は有効にしておくことを推奨します。スース、護衛に選ばれたからにはマスターに傷ひとつ負わせてはなりませんよ』
『承知。御屋形様に不届き者は近寄らせません。寄らば斬ります。否、寄るらなくても斬ります』
『はは……お願いだから無関係な人を斬らないでね』
よく晴れた青空の下、王家の馬車が田舎道をゆっくり進む。
イルミナージェの言う堕落した王家の打倒という盟約は勘違いだったとシキは伝えた。
隠しても仕方ないので、ただの口説き文句が歪曲されたものだとも説明する。
さすがにオルティエのように台詞の物真似まではしなかったが。
真実を知ったイルミナージェは再び卒倒しそうになっていたが、気を取り直してこう提案してきた。
「私が王都へ帰るまでの護衛を引き受けて頂けないでしょうか。これは脅すわけではありませんが、実はエンフィールド家取り潰しの話が出ています。樹海から溢れる魔獣を倒し、国防を担っているという事実などないと、一部の貴族から王族への諫言があったのです。私はシキ様に魔獣から助けて頂き、身をもって国防の重要さを知りました。もし護衛を引き受けて頂けるのであれば、レボーク王国第一王女としてエンフィールド家の国防における重要性を説き、存続……いえ、領地発展のための支援を国王に進言いたします」
そう言われると断るわけもなく、シキはエリンと共に王都へ向かうことにしたのであった。
精霊はロナンドからシキに引き継がれているため、必然的にエンフィールド男爵家も引き継ぐことになる。
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