第16話 知らない盟約
「お兄様。対応が遅れてごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ。むしろよく間に合わせてくれたよ」
しゅんと項垂れるエイヴェの紅白の頭をシキが優しく撫でる。
エイヴェが防衛を担当する地域に人が侵入し、そこを縄張りにしていた魔獣に襲われていたのだが、丁度シキを出迎えていたタイミングだったため対応が遅れてしまう。
辛うじて〈SG-070 エイヴェ・サリア〉の上空からの狙撃が間に合い、一角獣を倒しエルミナージェを助けることができた。
「エンフィールド家以外の人間が樹海にいるなんて予想外だし……っと、その人は助かりそう?」
「心停止していますが、脳の機能はまだ生きています。一分以内の投薬で蘇生可能です」
「あと一分!? ちょっと待ってどれだっけ」
オルティエの
「うおっ、包装が丁寧っ! もう破いちゃえ。どうやって投薬するんだ?」
「中身の粉を背中の傷口に振りかけてください。傷口から治療用ナノマシンが浸透して自動的に損傷個所を修復します」
シキは言われた通りに箱の中のプラスチック容器の蓋を開けて、テレーズの背中の上でひっくり返す。
治療薬である緑色の粉が傷口に触れると反応があり、何かが溶けるような、もしくは焼けるような音と共に白煙が上がった。
「対象の遺伝子情報を元に欠損箇所の細胞組織を高速培養し、心臓の収縮及び代謝と呼吸といった生命活動を補助します」
オルティエの言う通り失われた血肉が再生しているのか、テレーズの失血により青ざめていた顔色は赤みを取り戻し、膝裏の傷も内側から肉が盛り上がり塞がった。
その様子を見守っていたシキとエルミナージェは驚きを隠せない。
ちなみにオルティエたちの姿は現在非表示設定なので、エルミナージェには姿も声も届いていない。
イルミナージェからするとシキは虚空に向かって手を伸ばしたり、話しかけたりしているので、二人の驚きの意味も度合いにもかなり差はあるが……。
「すごいな。これがあれば俺も即死しなければ死なないな」
「ご安心ください。マスターはマスター登録と同時に体組織にナノマシンが内在するようになっていますので、投薬無しで同等の効果が常に得られます」
「えっ、いつの間に……こわ……」
「かはっ、私は一体」
「テレーズ!」
目を覚まして体を起こしたテレーズにイルミナージェが抱き付いた。
「背中を刺されたはずなのに傷がない……賊は!? ……この魔獣は!?」
「大丈夫です。すべて終わりました。こちらの方が助けてくださいました」
イルミナージェがシキを見ながら言うが、テレーズは困惑するばかりであった。
「こんな小柄で武装もしていない少年が、どうやって賊や魔獣を退けたというのですか? 姫様。いや、傷の具合から見て賊は魔獣にやられたのか? それに他の護衛騎士たちも助けなければ」
「すみません。他に生存者はいません」
エイヴェの索敵により周囲の安全は確保されている。
索敵の過程で発見した護衛騎士たちの安否は確認済みであった。
「ごめんなさい、テレーズ」
「いえ、姫様を守るのが我々の使命です。そのために命果てるのであれば私を含めて本望です」
「テレーズ……。私はこの方に会うために、助けて頂くために樹海へと逃げ込んだのです。本当に会えるかどうかは賭けでしたが。お礼を申し上げるのが遅れて申し訳ありません。エンフィールド男爵家の縁者の方とお見受けしますが、名前を教えて頂けないでしょうか」
「あ、はい。エンフィールド男爵家当主ロナンドの孫養子のシキです」
「シキ様とおっしゃるんですね。この度は私たちを助けて頂きありがとうございました。私はレボーク王国第一王女のイルミナージェと申します」
「王女様、ですか」
やっぱりじいちゃんの話は前振りだったじゃないか、とシキが内心でぼやく。
「その不可視の力、シキ様がエンフィールド家で代々受け継がれている精霊使いですね? 王家に伝わる古き盟約に従いやって参りました。どうか腐敗したレボーク王家を打ち倒し新たな王とおなりください!」
「盟約?」
シキがちらりとオルティエに視線を送ると、彼女は左右に首を振った。
「すみません、ちょっと何言ってるかわからないです」
「……えっ」
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