第15話 フラグ回収
「テレーズ!」
「ああ勿体ない。殺さなくてもいいでしょうに」
姫の叫びを嘲笑うかのように、護衛騎士の隊長テレーズを刺した黒ずくめの後ろから、別の黒ずくめが話しかけている。
「お飾りとはいえ王国の華と名高い姫の護衛騎士団だ。一人、二人は生かして部下の慰労に回してくださいよ」
黒ずくめたちは黒い装束を身に纏い、頭部も頭巾とマスクで隠されている。
全身が真っ黒で、まるで影そのものが動いているかのようだった。
「イルミナージェ第一王女、我々と来てもらおう」
テレーズを刺したリーダー格と思われる黒ずくめは、喋る部下を無視して姫ことレボーク王国第一王女イルミナージェへ近付く。
「……どこの手の者か知りませんが、私に政治的価値はありません」
テレーズの腕から投げ出され尻もちをついた姿勢のまま、イルミナージェが逃げようと後ずさる。
「あんたの価値なんて俺たちの知ったこっちゃないね。ただ生かしてとある場所に連れて行くのが仕事ってだけさ。生きていれば状態は問われてないから、あんたには女騎士の代わりに俺たちを慰めてもらおうかね」
唯一露出している黒ずくめの双眸が色欲でぎらつくのを見て、イルミナージェの背筋に怖気が走る。
「いい加減黙って仕事をしろ。ここから早く離脱するぞ」
「へいへい」
部下の黒ずくめが近付いてもイルミナージェは逃げようとはしなかった。
ただじっと、呆けたような表情で黒ずくめを見上げていた。
「そうそう、そうやって大人しく縮こまっていればいいんだよ」
脅しが効いたと思い込んでいたこともあり、部下の黒ずくめがイルミナージェの見上げる視線の先が己ではなく、その背後だということには最期まで気が付かなかった。
「がっ」
突然、部下の黒ずくめの胸元から丸太のように太く長い角が飛び出し、そのまま体が空中へと持ち上がった。
傷口からは大量の血が零れだし、黒ずくめの下半身を伝わり地面へ滝のように流れ落ちる。
出血量もそうだが、心臓と肺があった場所に大穴が開いている。
間違いなく即死だ。
「な、なんだこいつは!?」
それは巨大な一角獣だった。
見上げる程の大きな馬の姿をしていて、額からは長く鋭い角が伸びている。
純白の毛並みはどこか神々しさすら感じさせた。
そして不思議なことに飛び跳ねた部下の黒ずくめの血を浴びても、その毛並みは穢れを拒むかのように一切汚れていない。
一角獣は首を振って部下の黒ずくめの死体を投げ捨てると、次の獲物としてリーダー格の黒ずくめの方を向く。
リーダー格の黒ずくめは迷うことなく王女を放置して逃亡することを選んだ。
今更ながら他の仲間たちが一向に合流してこない理由がわかった。
女騎士たちを嬲っていたのではなく、この魔獣に嬲られたのだ。
こんな危険な魔獣がいるなんて聞いていない。
辺境の樹海には恐ろしい魔獣が生息しているという噂を聞いたことはあるが、所詮は噂だ。
仮に真実なら何故、碌な防壁もないのに魔獣が国内へ侵攻してこないのか。
こんな仕事を受けてしまったことを後悔しつつ、一角獣から背を向けて全力で走り出したところで、リーダー格の黒ずくめの意識は途絶える。
最期に見た光景は、自身の胸元から生える白く鋭い角だった。
黒ずくめ二人が貫かれる様子を、イルミナージェはぼんやりと見つめている。
衝撃的な出来事が続き、もう立ち上がる気力も失っていた。
一瞬この魔獣が
神々しく見えても魔獣は所詮魔獣。
縄張りに侵入した愚か者たちを排除しに来ただけなのであった。
(皆を犠牲にしたのに、結局私も死んでしまうのね。ごめんなさい)
全てを諦めたイルミナージェに向かって一角獣が突進する。
恐ろしい速さで巨体が近づき、角が喉首を貫こうとした時……。
巨大な稲妻が落ちる。
いや、確かにそれはイルミナージェの鼓膜を破りかねない程の轟音だったが、肝心の稲妻の輝きは無かった。
にも関わらず、一角獣は稲妻に撃たれたかのように地面に横たわっている。
角は半ばからへし折れ、頭部には大穴が空いていた。
先程までの神々しさが嘘のように、一角獣は衝撃で潰れた眼窩から血の涙を流し、だらしなく口から舌を垂らして絶命していた。
稲妻の代わりに、いったい何が落ちてきたというのか。
「えーっと、大丈夫ですか?」
耳鳴りのする向こう側から誰かの声が聞こえたので、呆然としたままイルミナージェは振り返る。
落ち着いた声で話しかけてきたのは、年端もいかない黒髪の少年だった。
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