——剣——
掌に走った鋭い痛み。
覚悟していようともその痛みに表情が歪む。
以前、不躾にも手を伸ばした時。
あの時に見せた優しさは一切無い。
触れれば、それが例え柄であろうとも容赦なく切り裂いてくる。
担い手にだけ響かない叫び声を上げて、声亡き声に意思だけを乗せて叫んでいる。
「私が……私が運びます……!」
地面に突き刺さった剣を抜こうと力を込めるアルアだったが、
痛みが深くなるばかりでびくともしない。
だが、そんなことで諦めるわけにはいかなかった。
長耳で捉えた辺り一帯の空間情報を、余すこと無く掌握。
囁き声で呟くは精霊への
「"聞け、地の精霊マウバ"
"此れなるは恵みの結晶、稀なる唯一の個"
"返還せしは地の損壊也……"」
――消させない。
これは揺らぎの中に現れたひとつの奇跡だ。
だから、それ以外の全てが消し去ろうとしてくる。
唯一性が生み出す輝きは普遍の中に在っては異物でしかないのだから。
――でも、君は消えなくていい。
求めている人が居るのだから。
必要としている人が居るのだから。
こんなものは只の不和だ。
お互いに少しだけ掛け違った不調でしか無いのだ。
――沢山見てきたから。
小さな勘違いで起きた悲劇を。
些細な失敗で滅んだ国を。
可愛げのある嫉妬が生んだ凄惨を。
あともう少しだけ早かったら――。
たったそれだけの事で救えた筈の、同族を――。
「だから……!こんな事で消えて欲しくないんです!!」
両の手で込めたのは力では無く強靱な意志。
嘆きに酷似した願いの塊。
――……。
声が届く。
遙か遠方から、肉薄する程の近くから。
担い手ではない誰かの声が。
私に向かって何かを叫んでいる。
消えなくていいのだと――。
此処に居ていいのだと――。
私は、求められているのだから……。
――だから、
分かっていた。
貴方が戦わなかった理由など、初めから私には分かっていたのだ。
あれは、私が初めて抱いた妬みの感情だった。
負けたくなかった。
同じ刃であるのなら、なればこそ劣りたくなかった。
私を手にしていながら貴方は膝をついた。
否――、膝をつかせてしまったのだ。
それは恐れだった。
だが、道具としては烏滸がましい事だった。
ただ振るわれることを良しとするのであれば。
ただ、刃の優劣だけで、捨て置かれることも良しとしなければならないのだから。
一方的に耳を閉ざし、声を
想いに応えられずに情けなく響く私の声を。――貴方に聞かせたくなかった。
貴方はまだ戦っている。――私を求めながら戦っている。
私は貴方に相応しくない……。
嗚呼、それでも……。
道具として許されないことだとしても。――それでも私は。
貴方が私を呼んだように。
今度は、私が貴方を求めて叫びたい。
――――。
その音は、確かに鳴った。
鋼の擦れる音。
刃がぶつかり合う剣戟の音。
物理を捻じ曲げ、魔を切り裂き、理さえも書き換える音。
アルアの両手に鋭く走る痛みが、傷ごと消えて失せる。
そして、半ば腕に飛び込むようにして剣が抜ける。
即座に振り返り、オルネアの元へと駆け出した。
抱える剣から重さを一切感じない。
まるで、運ぶことを許されたかの様に……。
「ゴオオオオオ!!!」
炎が尽きかけたオルネア目掛け巨腕を振り下ろし始めたゴルム。
その光景を見て、駆けながら転移を実行しようとしたアルアだったが、
辺り一面に広がる炎によって魔法が通らない。
「オルネアさん!呼んでくださいッ!!」
アルアの叫び声を聞いて
唱えるは、無意識の果てより降りた
自らの奥底から生じた自分以外の何か。
「……刃は……」
迫る巨腕を前にして、恐れなど無かった。
あの日と同じ様に。
大いなる力が、この命を消し去ろうとした時。
仰向けに倒れ込んで、剣も無いまま、踏み潰されようとした時。
絶望的な状況にも関わらず、
どうにかなる様な気がして手を掲げた――あの日の様に。
「――刃は唯一、この手に在り」
呼び寄せるは剣。そして、それを握っていたアルア――。
握り込んでいた小さな手を優しく包んで、全く力を入れず、迫る巨腕に剣を向ける。
「うわわっ!……わ、私ごと呼んだんですか!?」
「触れていたから巻き込まれたな……。
だが特等席だ、嬉しいだろ?」
炎が尽き、満身創痍で、額から血を流しながら。
それでもこの状況で笑って見せたオルネアに、危機的状況を脱したのだと安堵したアルア。
秘術を見るだけでは無く、体験した、という事実に狂気が膨らみかけるが……。
「それはそうですけど!
是が非でも体験したかったのはそうなんですけれども!
絶対安心出来るっていうのはそうなんですけどおおお!!
わああ!!来てる来てる!!山落ちてきてるのと一緒ですってこれええええ!!?」
「はっはっ!お前がそんなに慌てるの初めて見たぞ!」
「ぎゃああああ!!
大丈夫だけどやばい!大丈夫だけどやばいですってえええええ!!!」
世界の命運を背負って。
剣を手に、いつも独りで戦っていると感じていた。
だがそれは……。
独りで戦っていると錯覚させるほどに、一心同体となっていたからだ。
気落ちするのはいつもオレの方ばかりで。
物云わぬ剣に、その響きと閃きにいつも助けられていた。
だから気づいてやれなかったんだ。
オレ達は、似たもの同士なんだってことに。
――――ギィィィィン!!
振り下ろされた巨腕の直下で、オルネアの想いに呼応する様に鈍色が唸りを上げる。
狂気を盾に最後まで目を瞑らなかったアルアは、
超常が引き起こす理を越えた何かを間近で見て、聞いて、感じ取った。
握り込んだ手に伝わる筈の衝撃も――。
巻き起こる筈の突風も――。
全てが断たれている。
目前に迫った山の如き質量体が、同じく目前にある剣ただひとつで止まっている。
「後はオレに任せて下がっていろ、オレの直ぐ後ろでいい。
そこで余すこと無く書き記せ。
……オレ達がいつでも思い出せるように」
掌に握り込む剣を、今や構えもせず、振りもせず――。
音が消え。
一拍空けて音が戻った後。
その音は消えること無く――。
鈍色に鋭い閃きを乗せて幾度も響く。
折り重なった心と心が、超常を剣閃として放ち続けている。
鉱山と一体化した様なゴルムの巨体を削り取り、
やがて剥き出しとなった核を見据えて剣を構えると、
乱れ響いていた剣閃がひとつ処に重なり始め……。
「――ォオオオオッ!!」
踏み込み、地を抉りながら振り上げた剣閃はゴルムの核を両断し、尚勢いを落とすこと無く……。
その剣閃は、割れた月にも届く程に――空の果てを裂いていった。
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