至上の囚われ人


「こっちは必要な量が採れた、そっちの作業はどうだ?」



「私も全部済みました。

余すこと無く記せて大満足です!


それと、これも持って行きましょう」



核近くの残骸からアルアが拾い上げたのは、銀の光沢宿す掌大の球体だった。



「それは……」



「分かりませんか?


これ、です。

しかも混じりっ気無し!最高純度の逸品ですよ」



それを聞いて流石のオルネアも目を丸くする。


戦いに身を投じている者ならば一度は夢見る伝説の武具。

その材料となる金属が一塊手に入ったのだ。



「お、おぉぉ……!」



「えっへへ~、流石のオルネアさんもそんな顔になっちゃいますか~?

オルネアさんの力なら真っ二つに出来ちゃいそうですけどね」



「否定はしない。今のオレとこの剣なら容易いだろうさ」



「じゃぁ置いてっちゃいますぅ?」



「……だが、身を助く逸材である事に変わりは無い。

それに……ティマドの職人達もきっと喜ぶだろうし……?」



何故か言い訳のような語り口で自然と気恥ずかしくなってしまい、自分の荷物をせっせと担ぎ出すオルネア。



「そうですね、一応持って行きましょうか」



風格に不相応な少年の様な一面に、

鈍色が覗かせた少年期が一瞬重なるアルア。


――偶にはこういう一面も引き出してあげよ。


と、風貌に不相応な老婆心を秘める。



夜明け頃――。

遠くから響く石のさざめきに鍛冶処で木霊する寝息が一斉に止む。

来る大仕事の気配に、眠気眼を洗い流した職人達が二人を出迎えた。



「……ふん。どうやら死に損なったみたいだな?」



「おかげさまで、な。

……材料はここに在る。左腕の守り、頼めるか?」



「――おう!任せときな」



「ほぉー、こいつぁいい混合石だな」


「混じり方が均一だ。剛柔備えとる」


「ワイはこういうのを求めてたんだわ」


「採寸すっから兄さん腕出してみー」



次々と作業に取りかかる職人達。

鍛冶場に活気が戻ったのを察してか二階の居住棟からチェルカとレヴラスカが降りてきた。


混合ゴルム討伐の報告を受けたチェルカは一気に眠気が吹き飛んだようで、

中央都市への一報を急ぎ綴り始める。



「モルビレートが動き始めたら鉱石全部ティマドで独占してやるのよ!

その為には急いで中央都市まで報せなきゃ!

あっはっは~!これで材料不足とはおさらばっ!

売り上げで絢爛都市の服でも買っちゃおうかしらね~~!!」



鍛冶処にこの人在り。

執念の筆捌きで書き連ねていくチェルカを見るに、材料不足からの臨時休業は今回だけではなさそうだ。


一方レヴラスカの方はというと……。



「……」



オルネアの背負う剣をじーっと見つめ、

伝えるべきか迷っていた事案が解消していた事を知って小さく微笑むと、

前髪で覆われたその瞳はアルアの背負う鞄へと吸い寄せられていくのだった。



「わ!レヴちゃんお目が高いですねぇ~。


……よいしょっとおぉ!」



仰々しく取り出された銀の光沢に色めき立つ職人達。

すっと伸びた手が至上の鉱石を掠め取る。



「これは……儂のじゃな!」


「いんや俺のだ!!」


「なにいうとんのじゃワイのに決まっとっとー!」


「老いぼれはすっこんでな!これは私のだよ!だって聞こえるもの!

あ~ん!お姉様に打って欲しいって!」


「嘘つけッ!!」

「嘘つけッ!!」

「嘘つけッ!!」



次々に手から手へ奪い取られていくティマダイト。

それを巧みに奪い抜けたのはアルアの転移魔法。

空間座標を指定した高度な魔法が諍いを鎮めるためだけに使われる。



「さーて、……誰に渡してあげましょうかね~~?」



おちょくるようなアルアの仕草に誰も彼もが真剣に手を挙げて懇願し始める。


オルネアの横で黙々と作業を続けていた職人は目だけを向けて小さく呟いた。



「ほぉ……。

石ならなんでも混ぜこぜにするあの化け物が、それだけは逆に純度を高めたってわけかい。

別に誰の手に渡ろうとあんたらの為に拵えるんだから構いやしねぇが……。


しかしなぁ……」



「いや~、やっぱりそうですよねぇ~?」



職人とアルアのやり取りを見ていたオルネアは、

僅かに浮き足立っていた気を落として予てからの懸念を声に出した。



「加工手段、か……」



「そうだ。


ティマダイトを最短で加工するには半年間、火で熱さなきゃならねぇ。

そうしてやっと人に扱える物になるんだ。


この鍛冶場にはティマダイト加工に必要な設備が揃ってはいるが……」



冷静な声に、続く作業の規模を思い出し職人達は腕を組んで静まりかえる。


至上の鉱石が齎す又とない機会。

だが作業期間の半年はこれひとつに付きっきりになる。


職人達はそれ自体を嫌っているわけではなかった。


ただ……。

半年あれば幾ら打てるのか、その打ち損じを計算しているに過ぎない。


大規模依頼や個人依頼などその需要に事欠かない鍛冶の本場。

剣なら日に数十本は容易く、その内の一本が至るやもしれない。

かと言って、片手間に作業すれば石の変化を見失ってティマダイトの組成が狂ってしまう。


二つの欲求どちらにも天秤が傾かず、職人達は思考の迷宮に迷い込んでしまった。



「ふっはっは、固まっちまいやがった。

血に狂わされてるようじゃ……まだまだよ」



黙々と混合石を打ち続ける職人は一線を引いているようだった。



「ここで一番大事なのは、それを持ち込んだお前さんがどうしたいのかって事だ。

鎧の正中線へ鋳溶かして守りとするのか、剣の刃へと垂らして無類の鋭さを求めるのか……。


お前さんはどうしたい?

まぁどちらにせよ半年後だがな……」



「私にやらせて――」



意外な声に手が止まる。

思考の迷宮に陥っていた者達も思わず息を吹き返す程だった。



「レヴ、お前さんは鍛冶に興味がないんじゃなかったのか?」



「そんなこと言ってない。

打ちたい物が今までなかっただけ」



そういってアルアへと手を差し出す。

オルネアの目配せを受けてティマダイトを手渡すと、レヴラスカの目に掛かった前髪が浮き立つ。



迸る何か――。



魔力でも無く、霊力でも無く。

それは超常の理に近いモノだった。



「声がね、聞こえるの。


あなたの剣よりずっと小さくて薄い物だけど。

それでもね、声が聞こえるの……」



不動不壊の不断鉱ティマダイト。

その存在が、その理が、レヴラスカの手の中で――捻じ曲がる。



「――なッ!?」

「――なッ!?」

「――なッ!?」

「――なッ!?」


「こりゃぁ……どういう理屈だ……」



集中力を総動員して眼前の現象を速記していくアルア。


あの不断鉱が今や粘土細工。

液状化しているに等しい軟度でレヴラスカの手を受け容れている。


形作るはひとつの刻印。

屋号として掲げる不断の象徴、――ティマ。



「混合石の籠手に内部刻印としてこれを置けば、左腕の守りに充分だと思う。


……ん、どうしたのみんな?」



職人達が呆気にとられていたのは最初だけだった。

驚愕の面持ちはやがてひとつの結果に向かって慌ただしく走り出す。


若いなとぼやいた職人までも、何かに突き動かされているかのように……。



手が止まらない。



普段の比では無いぐらいに打つ手が止まらない。

全員がひとつの結末を見据えて、鎧を打ち直し、籠手を新造し、理に手を掛ける。


至上を求めて決して止まることの無かったドワーフの血族達。


至上を打ち上げ、至上を鉄床に、至上を目指して止まらなかった者達が……。

自ら打った作品を見つめず、着込まず、振りもしなかった者達は……。


今や――。


眼前で完成された剣士に目を、意思を奪われている。

纏う装備のそれぞれが剣士を引き立て、その一体感を以て至ったのだと……。



「ティマダイトが手に入ったら、また来てね」



「レヴもこう言ってる。

それでなくても寄っていきな、そんときゃ最高の仕上がりを約束しよう」



うなされ続けていた情熱の炎が一時消えようとも構い無く、

背を向けて去って行くその姿が見えなくなるまで、血族達はただ立ち尽くす。


体に流れる血が語っていた。


永き探求の果てに、ひとつの到達点を迎えたのだと……。


それでも最初に誰かが鉄床を叩き始めると……、

忘れていたことを忘れながら――血族達はまたも至上に囚われていくのだった。

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