欠けていたもの
廃鉱山モルビレート。
その淵に立った者の気配を感じて、半ば土砂に埋もれた紫の魔力が点滅を開始する。
「アルア、下がっていろ」
「後ろの空に浮かんでますので、ご武運を!」
廃鉱山の中央から迸る閃光は気配の元を探って辺りを照らし、
核と思しき場所から差す光が、背の剣を抜き放つ男を捉える。
地を揺らす微振動が音となりやがては大気を震わせると、それは起動した。
宙に浮かぶ核――。
そこから刺々しい稲妻が走ると、
それらは廃鉱山に散らばるありとあらゆる鉱石に突き刺さり、
引き寄せ、熔かし、混ぜ合わせ、自身の体を構築していく。
二対の巨腕、二本の足。
それを支える核はヒトの頭部を模したかのように持ち上がり、
けたたましい金属音を体全体から響かせて剣士を見下ろす。
そして……。
核から染みだし、体全体を覆うように展開された緋色の液体――。
妖しく煌めくその色からして、
ただでさえ高硬度を誇る体に魔法の守りまで備えた様だった。
金属を擦り合わせる不協和音が低く唸りを上げ始め、
それは声亡き声となってオルネアに襲いかかる。
「ゴオオオオオオオオオオッ!」
――無機物自動人形ゴーレルアムト・混合体。
その上半身が回転――。
加えられた勢いを余すことなく足が支え――。
鉱山全体を薙ぎ払うように巨腕が振り回される。
静かに息を吐いたオルネアは、握り込む剣に心を重ねて――。
「――ッ!」
何かが欠けていた。
衝突の瞬間に走った違和感は、直後、
威力を殺せなかった攻撃によって確信へと至る。
土砂山へと叩きつけられ視界が歪む中。
今まで聞こえていたものが聞こえなくなっていたことに気がついた。
「オルネアさんッ!」
アルアの叫び声も。
「ゴオオオオアアアアアアッ!」
追撃にと巨腕を振りかぶるゴルムの雄叫びも。
ふらつきながら転がり起き、苦しく呼吸を繰り返す音も。
心臓で熾る炎の音でさえも聞こえている。
「ゴオオオッ!!」
地面が波打つようなゴルムの攻撃を躱して空へと躍り出る。
炎を噴かし、剣を構え、ゴルムへと突撃するも……。
それでもまだ聞こえない。
手の内で響く筈の、鈍色の声が――。
傷の一つも付けられない内にまたも空中へと舞い戻ると、
真横へと転移してきたアルアが慌てた口調で捲し立てた。
「一旦引きましょうオルネアさん!
なんだか調子悪いみたいですし!
今の戦い方が長引くと炎の残量も――」
「いや……このまま続ける」
「な、なんでですか!?」
「……心当たりがあるんだ。
だからアルア、お前には見ていて欲しい。
オレが今一度……
そう言うとオルネアは剣を手放し、炎だけを武器にゴルムへと突撃した。
地面へと突き刺さった剣は物言わぬ鈍色のまま、舞う炎とゴルムの雄叫びを刃に反射するのみ。
幾度も叩きつけられその度に手を振りかぶるオルネアだったが……。
その手の内に、剣は現れなかった。
「――炎よッ!」
熾した炎を僅かに四肢に纏わせ、山が迫り来るようなゴルムの重撃を弾く。
体に留め置く炎すら使った戦方はまさに死に物狂い。
炎の残量など考えていない、
「なんで……」
そう呟いて正気に戻りかけたアルアだったが……。
止まった指先は、既に、別の狂気によって止まらなくなっていた。
ゴルムを構成する新たな合金に編纂の狂気が押し寄せていた筈なのに。
緋色を帯びたことも、紫の波長を放つ魔力も、今はそのどれもが眼中に無い。
明かされるかもしれない、古の秘術――。
文献は勿論のこと口伝ですらその扱いは
熟達の冒険者や前戦を退いた戦士などが酒場で嘯く程度。
――
握り込んだ得物の声を聞く超常の理。
曰く、声を聞く者は武器を自在に呼び寄せる。
そこには魔の理も、霊の歪みさえも無い。
オルネアの剣は至って普通の剣だった筈。
実際に触れたことがあるから尚の事理解している。
だというのに、これはなんなのだろう?
激戦を繰り広げるオルネアを視界の隅に追いやってしまう程に。
かつて、灰島で邂逅した始源の刀のような圧倒的な存在感が、
地に突き刺さった剣から迸っているのだ。
「す、凄い……!」
傍に降り立って改めて感じる存在強度の高さ。
構成する物質はそこらの武具店で買えるものと大差ない。
特別な拵えも無く、刀身に付与された刻印すらもない。
でも、だからこそ気になっていた。
そんな至って普通の剣が、何故――ドラゴンに通用するのか。
唯一の弱点として伝承に刻まれてはいるが、
それはあくまでも通用するという類いのものであって、
触れれば無条件で死を与えるものではない筈。
――纏わせた炎のお陰?
だけど。
炎散るあの戦場に於いて僅かにしか視えなかったけれど……。
城塞都市ランヴェルでも、極東の灰島でも、
ドラゴンの翼を断ち切ったとき、炎を纏ってはいなかった。
それを抜きにして強靱な体躯で操っているのだとしても、
この剣が誇る強度にはそもそも物理法則が当てはまらない。
立ち上る剣気を前に書き記していると、肌に触れる響きがあった。
法則を越えた現象を引き起こす際に必ず響いていたもの。
今や私にすら
ひそひそと囁くような、小さな声が。
担い手にだけは聞こえないように、か細く叫ぶ声が聞こえる。
「分かりました。
……だけどそれは、オルネアさんに直接聞かせないと意味がないです」
書を仕舞い込んだアルアは、剣気迸る超常の理に手を伸ばすのだった。
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