ドワーフという種族
男女問わず髭を生やし、
熱への異常なまでの耐性と、
小さな体に込められた万力を駆り、
決して冷めぬ情熱を武具へと注ぐ者達。
それがドワーフという種族。
――だった。
種の繁栄、存続。
本能として刻まれた生物の根底。
ドワーフ達はそれを――『邪魔だ』――と言って切り落とした。
残滓残ればそれを削り取り、
刻んで
叩いて鍛え上げ、
見果てぬ武具の至上を見届けるために、新たな扉を創造した。
多種族の要素を取り入れる事で拓く、革新への扉を。
――散って、――溶け込み、そうしてドワーフの純血は途絶える事になる。
今やその名が示すのは容姿ではなく、熱への異常なまでの耐性と類い希なる造形の才のみ。
それらを持ち合わせる者だけがドワーフの血族と呼ばれ、
飽くなき武具への情熱を燃やし続けている。
「オルネアさんも熱への耐性は一級品なんですから、
後は造形の才をどうにかするだけで血族の仲間入りですよ?」
「仲間に入ってどうする。
それに……オレの才能の無さはさっき見ただろうに」
「へへっ……えっへへっ……お、思い出させないで下さいよ~」
「……」
申し訳なさそうに笑うエルフをジトッと睨み付け、歩を早める。
本来であれば莫大な報酬を得ていたところを……。
執政官エメドリエの
それを元手にいろいろとガタが来ていた装具の手入れにと、
ドワーフの血族が所属しているという
何度か通ったことはあるが店名が出てこないと言ったオルネアに、
店の刻印を思い出せれば分かりますよ、とアルアが言ったところ……。
なんとも無様な模様を地面に描いてしまったオルネア。
「オレが描いたもの……まさか記録してないだろうな?」
「失礼な!」
「よし、それならいい」
「記憶が不確かな状態で描かれた一例として、しっかりとここに――。
って!剣はやめましょ!!剣は!!」
「慌てて
「それは無理な相談ってものですよ~」
得意気なアルアの顔に肩を落とすオルネアだったが……。
「ッ――」
ハッとした表情で遠く西の空を見上げる。
「また、ですか?」
「ああ」
ここ数日、西の地で繰り返し熾る炎。
その気配に晒される度に神経を張り詰めさせている。
一度読み違えた、故に二度とは間違わない。
この気配は……。
――極東、灰島を覆っていた炎。
「やはり……何かが宿っていたか……」
「飛びます?」
「いや。ドラゴンで無いのなら行かないさ。
……奴の言っていた万雷の戦果に期待して、今は気配を探るだけにしておく」
剣神への心象は善し悪しで計れる物ではなかったが、心がざわつく感覚は無くなっていた。
思い知るということ。
それを経験したオルネアの胸中には新たな想いが燃えさかる。
抱く炎の熱を確かに、歩む足は力強く大地を踏みしめていく。
アーヴァンを出立して暫く――。
南の城塞都市フラーを越えて現れたのは、支流を跨ぐ様に建設された橋形の建物。
不断を表す言葉"ティマ"の刻印を意匠として掲げる、
――鍛冶処ティマド。
職人達が響かせる規則正しい音が何重にも折り重なり、
噎せ返るほどの熱気と蒸気が建物の彼方此方から絶えず溢れ出している。
ティマド製の武具の特徴は他の追随を許さない堅さに在る。
大河川ヌフロゥドより齎される大量の水を引き込んで行われる焼き入れは、
急速に金属を冷やしその剛性を跳ね上げるのだ。
城塞都市の堅牢な防壁と施された刻印魔法、
常駐の上級騎士装備などを手掛けるティマドは、
重武装愛好家に重宝される名実ともに最高級の鍛冶処である。
「あんな模様だったか……」
「刻印は覚えると便利ですよ?
様々な場所で省略目印として用いられてますし、
循環魔力を応用すれば複雑な魔方陣も省けますからね。
刻印魔法の別側面として圧縮言語というのも――」
尚も語り続けるアルアだったが……。
その声は、金属を打ち付ける甲高い音と、荒ぶる発注の声に徐々に呑まれていく。
その喧騒度合いはダンビートを彷彿とさせるが……それもその筈。
魔物の活発化現象に端を発した早急な武具需要を迎え、
ティマドを囲う人集りは普段の三倍ほどにも膨れ上がっていたのだ。
「申し訳ありません。
個人依頼は十日先まで予約でいっぱいなんです。
前戦都市への納品も滞っておりまして……手が空いている職人は誰も……」
急ぐ用事は無いが十日先までとなると……。
と、少し考え込むオルネア。
脇から顔を出したアルアが受付嬢に疑問をぶつける。
「親方のルブランさんは不在ですか?」
「ええ、昨日になって突然ベルテンカに向かわれてしまって……。
親方在っての仕事量でしたのに……はぁ……」
――カンカンカンカンカンッ!
突如として鳴り響く鍛造とはまた違った響き。
何があったのかと皆が顔を向ける中、息を切らした職人達が外へと出てくる。
「ふぅふぅ……材料、はぁふぅ……材料無いなったわ」
「は、はあああ!?」
先ほどまでアルアと会話していた受付嬢が素っ頓狂な声を上げて職人の一人に掴みかかる。
「使った分だけ申請書出してくださいって言ってたでしょ!
こっちの管理だとまだ半分以上在ることになってるんだけど!
手持ちも!?在庫も!?倉庫の貯蔵も!?もう無いの!?」
「無いよ」
「無いよ……じゃないわよアホンダラぁあああああ!!!!」
物作りにしか興味が無い、それこそがドワーフであった。
作り上げた武具を自らは振るわず。
磨き上げた武具を自らは眺めず。
ただ先へ。
ひとつ前の物より良い物を。
例え至上を打ち上げたとしても、それは既に悪しき物。
気づけば至上を鉄床に未来を打ち続けている。
どれほど薄まろうとも変わらない血筋。
それこそがドワーフ。
故に、在庫管理などのこまごまとしたものの管理は大の苦手なのである。
「すみません!申し訳ありません!本当にごめんなさい!」
居並ぶ客に休業の報せを届ける受付嬢チェルカ。
休業理由を知って大半の客は「ドワーフらしいや」と大笑いして帰って行くが悪態を吐く者も少なくはない。
しかし先ほどのチェルカの剣幕がこびり付いて離れなかったのか、
面と向かって言い放つ者は居なかった。
「大変そうだな」
「実際大変だと思います。
職人の数は多いですけど事務処理はチェルカさん一人ですからね。
三年前に訪れてから何も変わって……おやや~?」
備え付けの溶鉱炉に隠れるようにしてこちらを窺う少女。
轟々と燃えさかる熱気を物ともせず、頭だけ出してジーッとオルネアを見ているようだ。
と、そこへ謝罪参りを終えたチェルカが帰ってくる。
「あら、あの子が降りてくるなんて珍しいわね」
「三年前には居ませんでしたよね?
誰かのお子さんが血族として覚醒したんですか?」
「う~ん……私にも分からないのよ。
名はレヴラスカ、歳は十五、六かな。
ルブラン親方が何処かから連れてきたのだけど……これがまた難しい娘でね。
分かってることは奥手で引っ込み思案。
鍛冶に一切の興味が無いっていうのに、血族としては珍しい万力を発現させているの」
「ほほほぉ~、それはまた興味深いぃ」
しゅたたたっと少女に迫り質問攻めにするアルア。
鼻まで掛かる前髪で表情は見えないが、
おどおどとしたその振る舞いからしてアルアとは相容れないだろう。
その内に逃げ出したレヴラスカを追って追いかけっこが始まった。
椅子や地べたに横になって休む職人達の間を風のように通り抜けていくアルア。
所々で短い転移魔法を断続発動するという末恐ろしい追跡手腕によって、
徐々に追い詰められていくレヴラスカ。
そんな光景を黙って見届けていたオルネアは、とある提案を思いつく。
「チェルカ。少し聞きたいんだが、休業はいつまでなんだ?」
「そうですねぇ……。材料の発注から到着までだいたい一週間かしら。
幸い此処は城塞都市に近いですから無理を言えばもっと早められるかも。
でも、さっきも言ったとおり個人依頼はそもそも……」
「だが、今は職人の手が空いているだろう?」
「え、ええ」
「なら、材料があれば依頼は可能か?」
オルネアの問いを聞きつけて職人の一人が起き上がる。
「あんた……何が欲しい?」
「左腕の守り、それと鎧の手入れだ」
「ふん……その鎧、ルブラン親方が打ったもんだろ?
ちょーっと見せてみな」
背と大腿部の可変機構を迷い無く見抜き、細かく可動部を動かしていく。
「若干の熱変形……それと煤が溜まって動きが悪い、そうだな?」
「ああ」
「左腕出しな」
融解部分の金具を小さい
やがて小さく息を吐いて呟く。
「一点物……しかも相当な技で打たれてるな。流石は親方の仕事だ。
手入れは出来るし、熱変形も直すことは出来る。
左腕の装甲も打ち直すことは可能だろう。
ただ材料となると……分かるな?」
職人の視線を受けて頷くオルネア。
「そんな都合の良い混合ゴルムが、果たして居るかどうか……」
「混合ゴルムですか?それなら……ぁあああああああああああ!」
追跡に痺れを切らしたレヴラスカがアルアを放り投げ……。
投げられた先の天井、梁にしがみついたアルアは自信たっぷりに言い放った。
「混合ゴルムならモルビレート廃鉱山です!
……ただ、あそこは……」
廃鉱山の名を聞いて腕を組んで暫く考え込む職人。
難色を示した理由は他でもない。
挑んで散っていった者達が多過ぎるからである。
すり鉢状に露天掘りされた鉱山モルビレート。
南方地域で最大の鉱石産出を誇っていた大鉱山だが……。
掘り当てたひとつの鉱石が魔を孕んでいた。
薄紫の光を妖しく立ち上らせ、
石を飲み、岩を飲み、鉱石を飲み、――人を呑み込んだ瞬間、それは起動した。
――無機物自動人形ゴーレルアムト、略称ゴルム。
通常、魔法使いや魔女などによって起動式を刻まれなければ、
起き上がることさえなかった土塊は、呑み込んだ人の魂を核として自身を再起動させた。
鉱山作業者を磨り潰し、その血を糧として暴れたゴルムだったが……。
何故かモルビレートから外へは出ず、殺戮を終えると鉱山中央へと引き返しその動きを止めた。
以来、廃鉱山へと名を変え、人の出入りを固く禁じたが、
腕に覚えのある者やゴルムの体組織である混合鉱石を狙う輩が後を絶たない。
「ふぅむ……」
親方が打ち上げた逸品、それを着込む剣士を見て職人は逡巡する。
難色を示したのは危険すぎるからの一点張りではなかった。
――期待の裏返し。
入手の依頼をした皆々は、須く失敗して死んでいった。
自然発生した混合ゴルムが齎す混合鉱石などは、血族でなくても皆喉から手が出るほど欲している品物。
金属同士の掛け合わせである合金技術には途方もないほどの時間と、
気紛れに命を弄ぶような魔女や神出鬼没な錬金術師の協力を仰がねばならない。
「……」
惜しんできた労力と先走り続ける情熱。
天秤に掛けられた二つに、粉々となった期待が降りかかる。
「……自分は強いと思ってる、そう言う奴を何人も見てきた。
だから期待はしないし、あんたが彼の地に行って死のうと知ったこっちゃない。
だがな……。
持ってくるもの持ってきたら、そんときゃ全力で応えてやる」
それだけ言い残すとそそくさと休憩場所に消えていった。
「……充分だ」
オルネアは静かに笑みを浮かべてアルアを呼びつける。
「明日には戻る、行くぞアルア」
「あ~待ってくださいよ~!
ではではチェルカさん、レヴラスカさん、また明日~!」
呆気にとられながらなんとか手を振り返すチェルカとレヴラスカは、
二人の旅の前途を願い手を組み祈りを捧げる。
ちらりと目を開けてオルネアを見送るレヴラスカは、
鼓膜に響き続ける鈍色に耳を傾け、その声を伝える機会を窺うのだった。
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