『魔剣蒐集家』
幾度かの諍いを経て学んだ事がある。
危害の一切を持たず、考えなければ、
お互いにある程度の干渉が可能だということ。
その証拠に、
事ある毎に頭を小突かれ、
そのお返しにと、
事ある毎に尾を握り込む。
『これっ。
仕舞い込むなと云うとろうに』
小突きを躱して尾のひとつを握る。
『こやッ!!
き、貴様ぁ……!』
「仕舞われることの何が不満だというのだ?」
『居心地が悪いからに決まっとろうが!
妙な空間に飛ばしおってからに……。
それに、妾が出ておらぬと直ぐに道を見失うではないか。
全く……。
刀に入るのは我慢してやるから、
さっさと
さすれば仕舞わなくともよいであろう?』
「で、あるならば……まだ少しの間は辛抱せよ。
抜き身のままでは要らぬ騒ぎが起こる」
『……仕方あるまい。じゃが、拵えは最優先事項じゃ。
分かったな?
食い気味に灰火ごと刀を仕舞い込む剣神、改め――炯。
西部地方へと踏み込んだのか、辺りの景色は赤茶色をした岩場へと移り変わり、
照りつける日差しの強烈さと吹き抜ける熱風の中、
商人の男が言っていた目印を多く見かけるようになってきた。
その女王の顔立ちに目を惹かれた。
壮健、屈強――。
右目を隠すように垂れた灰色の髪。
その奥に潜む凜とした目と、傷の入った鼻筋。
頬に浮かぶ線は、戦の合間に大口を開けて咆哮している証だ。
「リンテンド・ワズガヴァルド……、
王でありながら戦地へと赴いておるとはな。
女王の看板を越えて現れたのは、――西方都市国家ベルテンカ。
中央都市国家アーヴァンを囲う東西南北の主要都市国家の内のひとつ。
鉱山資源が豊富な土地を多く抱え、
その実りを惜しみなく武具へと昇華する鉄と鋼の街。
そして、四方の地域で最も激しく魔と争う地。
炯が自ずと西へ向かった理由である。
「切って殺す。……それだけで済む筈だったのだがな」
要らぬ事を申しつけられたと息を吐きたくもなるが、
元は自身でさえも気になった己の姿。
何千年も前の
「さて、上手くいくかどうか」
炯の杞憂も尤もで……。
アーヴァンに匹敵する程の面積を誇るベルテンカで、目的通りの店が直ぐに見つかる保証はどこにもない。
拵えや仕立て等を依頼するにはやはり武具店に寄るしかないのだろうが……、
――『戦闘以外ではまるで役に立たんな』、そう灰火が嘯くのも自身で納得している。
灰火に指摘されなければ、あれほど乱立していた女王の看板を見過ごす所だったのだから。
ただ、それこそ杞憂だった。
「これはこれは……」
大通りに立ち並ぶ店、その殆どが武具店――。
溢れるほどの刀剣は店内に収まりきらず、氾濫する代わりに店先へと並べられ、
山と積まれた鎧が彼方此方で音を立てて崩れている。
更に、買い付けに群がる人集りのせいで大通りの道幅は本来の半分程度にまで狭まっていた。
品々を見る炯の目に熱が籠もる。
質と量。
その両方が充分に揃っている中、
顧客の奪い合いに精を出したのか手の込んだ装飾等も随所で見かけるが……。
命断つ単純さにこそ戦神は宿る――。
過剰な装飾、機能性の全くない装飾には炯の目は輝かず、手も伸びない。
そうこうしていると、仕舞い込んだ筈の妖から突っつかれている感触が伝わってきた。
「
本来の目的へと急かされた炯は、ある意味風変わりな店を見つけた。
雑踏から離れた大通りの角。
店先へ露出する品物も無くどこか古風な佇まいで、
木造の柔らかな印象と、黒地の看板に刻まれた金の店名が高級感を演出している。
――フォドン・ウィンケル。
店名の端に描かれた剣の刻印を見るに武具店で間違いなさそうだ。
「いらっしゃいまーせー、フォドン・ウィンケルへようこそー」
扉を押しのけ、入店を知らせる鈴が鳴る中。
顔も上げずに気だるそうな声で出迎えたのは机に突っ伏している店番の女。
だが、店番のやる気のなさとは裏腹に、
店内に並び置かれた武具は美しさと力強さを放っていた。
拵えの事を忘れて店内を歩き回る炯。
剣を手の甲で軽く叩き、音の調べに現を抜かし始める。
暫くそうして楽しんでいると、不意に掌を差し出して……。
――問う。
「誰ぞ、居らんのか?」
小さなその問いかけに、店中の剣が一斉に震え出す。
「な、なに!?何事なのこれ!?」
慌てふためくは店番の女、クルハ・トラベス。
突然の怪奇現象に頭の中が真っ白になりながらも店の外へと飛び出る。
微細だった振動は今や店一棟を丸ごと揺らし、
店内の悲惨さを物語るように破砕音が打ち鳴らされる。
「どどど……どーなってんのよっ!」
落ちて割れた看板、ひびの入った窓硝子。
半壊一歩手前にまで崩れていく店を見つめ頭を抱えるクルハ。
やがて揺れが収まった店内から男が出てくると、その顔は残念そうに曇っていた。
むさ苦しい街には似つかわしくない整った容姿と、
反面、先ほどまで死闘を繰り広げていたかのような出で立ちに、
クルハの頭はさらにこんがらがっていく。
「そうそうにして見つかる物でもない、か……。
だが、試さずには疼きも止まらぬ。
……む?」
頭を抱えて右往左往するクルハの後方。
護衛付きの輸送隊――。
物々しさを醸し出すその客室から降りてきた人物があんぐりと口を開けている。
呆然とした表情は徐々に怒気を含んで赤くなり、やがて最高潮に達すると……。
「ク……クルハぁああああ!!貴様またやらかしおったのか!!」
「フォ、フォドン様!!わたしじゃないです!今回は違うんです!!」
丁寧に仕立てられた装具、帽子、整えられた口髭、襟元を飾り立てる剣の記章。
それらを振り乱しながらクルハに捲し立てるフォドンと呼ばれた男。
一瞥した炯の目が妖しく光る。
「ほう……」
戦闘時以外で炯の目を光らせたのは、男の出で立ちに在った。
それは小太りな体付きには無く、
それは秘めたる物の規模にも無く。
――腰元の剣帯に安置された白き短剣。
ただそれだけが、この男を剣士として成立させるに有り余る程の逸品だった。
「ふっ……」
切り結んだ顛末を描く炯の目は妖しさを強め、
それを感じ取った護衛の一人が静かに剣に手を置いて他の護衛に指示を出し始めた。
陣形をゆるりと広げていく六名の護衛。
並々ならぬ気配を感じ取ってか、クルハとの言い合いを終えたフォドンは護衛からの耳打ちを受け……。
途端に引き締まっていく表情。
そうして見据えるは店先に佇む白装束の男。
「……私の店を破壊するのは決まってこのクルハ・トラベスという厄介者な訳だが。
今回だけは、どうやら違うらしい……」
疑心暗鬼の目線を笑みで受け返す炯。
――来るか。
けしかけられる護衛に期待して目をギラつかせる。
しかし意外なことに、フォドンが取った行動は脱帽。
次いでお辞儀だった。
「私の名はヴォンデール・フォドン。
刀剣収集が昂じて店や組合などを営んでいる者だ。
さて、本日は何用でこの有様となったのか。
詳しくお聞かせ願いたい」
「……」
金が有り、地位を持ち、見下せる物が多い立場。
小さな諍いなど、侍らせた力で無かったことに出来る筈。
だが、それをしなかった。
交えた刃がどの様な結末を迎えるか、この男に見えはしない。
携える短剣がこの男を幾ら剣士たらしめんとしてもそれに変わりは無い。
血に沈む己の姿を見たのは、――お前か。
「ッ――!」
閃く気配に晒され鎧を鳴らして構えたのはフォドンへ耳打ちした護衛、エウド・トラウレ。
「これが分かるのか……。
ふっはっは!やはり良い時代に喚ばれた」
フォドンと護衛の契約内容を知る術は無いが、
部下からの進言とそれを聞き入れた器を見るに、
単に金で雇われただけの関係ではないことが窺い知れる。
「ふっ。悪巫山戯が過ぎた、構えを解くがいい。
……して、用事を済まさんとな。
場所を変えて話そう」
――フォドン・ウィンケル上階、客間。
数々の難取引を乗り越えて来た部屋に、過去、類を見ないほどの緊張感が漂う。
「私と部下の帯剣はどうか許していただきたい」
「構わぬ」
室内の要所を押さえる護衛達と、
大机を挟んで炯と向かい座るフォドン。
落ち着き払った態度で圧し固めたのは商人としての在り方だった。
一番の信頼を置く護衛の頭、エウドを背後に控えさせ自分自身を演出していく。
――『あの男、危険です』。
そう耳打ちされたのは今回が初めてでは無い。
厄介度にも段階はあるが、大概にしてそういう客は無理難題を吹っかけてくる。
店が半壊となった理由も、問いただすのは後に回した方が良いだろう。
理由を聞いたところで理不尽に気圧されるのが関の山だからだ。
――少しだけでいい、
それだけで交渉を有利に進ませることが出来る。
「それで、用事というのは?」
「嗚呼。
他でもない、これの
大机に翳された手。
そうして響き渡った鈍色に。
圧し固めた在り方も、交渉の組み立ても、他の音を巻き込んで全てが消えていく。
五感に悉く響く、刃の極致。
自然と止まっていた呼吸が視界を明滅させてやっと、
フォドンは目前に置かれた空想の果てを受け容れる事ができた。
剣気、剣圧は極限にまで抑え込まれてはいるが、
その刀身を見れば斯様な凡人であっても何かを覚えるというもの。
二度、三度と深呼吸を繰り返し、今やワザとらしくなった演技を続ける。
「――刀、ですな。
それも刀身のみ……。
拵えとなると柄、鍔、鞘と一揃えになりますが如何か?」
「全て任せる、が。
下緒は必ず付けてほしい」
「下緒……、腰へ回すには少々長いようですが……」
炯の手に掛かれば刃がどの様な状態に在ろうとも抜刀することが可能である。
故にただ腰へ下げて置くためだけの注文に何かを言われるとは思ってもいなかった。
「見てくれが纏まらんか?」
「ええ。背負うまではいかずとも、肩に掛ける位がお似合いかと」
「ではそうしてくれ」
「かしこまりました。――で、料金のご相談ですが……」
エウドが扉前の護衛、ガンラ・ベイルに目線を送る。
破談となるならそれでいい、しかし問題はその後。
要らぬ報復を凌ぐ日々が始まるのか、それとも今、この瞬間からの死闘なのか。
客の背後に立つガンラなら、まず先手は取れる。
――得体の知れぬ相手。
鼻に付く横柄でもなく、反吐が出る横暴でも無く。
威圧に良く似た気迫。
店先に佇む姿を見ただけで、絶対強者だけが持ち得る
挑めば間違いなく死が待ち受ける。
しかしそれは刃を向けない理由にはならない。
恩に報いるため――。
それだけの為に死ぬ覚悟を、エウド含め六名の護衛全員が持ち合わせていた。
同様に。
商いというものに命を賭けてきたフォドンは、
意を決して金額を提示する。
「ベルテント金貨1500枚、といったところですが。
……如何でしょうか?」
護衛の間に奔った緊張は――、程なくして消えていく。
それというのも……。
金額提示を受けた客の顔。
その顔に浮かんだのが、不適な笑みでもなければ、怒りに歪みもせず。
ただ、何を言われているのか理解できない、という顔だったからだ。
やがて何かに合点したのか、眉間に深い皺を作りながら立ち上がると……。
「……邪魔したな」
刀を仕舞って立ち去ろうとする炯。
全員呆気に取られるも、去って行く強大な者に、正式に緊張を解けさせていった。
しかし、絶好の商機を見逃さない者がここに一人……。
「――お待ちいただきたいッ!」
ヴォンデール・フォドン。
鉄と鋼の街で鍛え上げられた収集家の商人。
彼には夢が在った。
幼き頃から刀剣に魅了され、有名鍛冶処に弟子入りするも才無しと判断され破門。
その後、商人としての才を買われ商会に所属。
目利きと話術の才を磨き上げ独立。
一財産を築いたのが齢二十五の頃。
その後、三十を迎えようかというところで築いた財で冒険者ギルド、アガーティアを設立。
精鋭冒険者を選り抜いて、幾度の挫折と命の危機を乗り越えて……。
そうなってやっと、彼は夢を追い求める下地を手に入れたのだ。
商人としての肩書きを持つ一方、彼には別側面で通り名が付いていた。
希少な刀剣を追い求め湯水のように財を注ぎ続ける蒐集家。
――魔剣蒐集家、ヴォンデール・フォドン。
いつの日か――
「拵えの件はまだ見積もりの段階なので勿論費用は掛かりません。
が――。
店の補修費用は、支払って頂きたい」
歩みを止めた炯は、何かを考え込むように顎に手を当てて目を閉じる。
――切って捨てる。それに然程も時は掛からんが……。
チラリと目を開けた先で見えた扉を守る護衛の顔。
殺意の片鱗を覗き見てしまった護衛から生気が失われていく。
その様を見て、またも目を閉じて考え込む。
――『永くこの世にいたいなら……』。
浮かんできた魔女の言葉を暫し見つめ……。
踵を返してフォドンへ向き直る炯。
「恥を忍んで言うが、通貨の概念を失念していた。
それ故、金貨の類いは欠片も持ち合わせておらぬ」
人の尺度から大きく外れた言動。
始源の刀を抜き身で持ち上げる人外の理。
裏打ちされていく事実に連なるは、――割れた月。
それら次々と浮かび上がる驚愕と怖気を打ち捨てて。
仕方がありませんな、とワザとらしい笑みを浮かべながら。
フォドンは一世一代の提案を投げかけた。
「では……ここはひとつ、私に雇われてみる気はありませんかな?」
――冒険者ギルド、アガーティア。
クルハに案内されて訪れた大きな建物。
内部の至る所に掲示板が設置され、そのいづれもが貼り付けられた手配書で分厚く層を作っている。
『これなど良いのではないか?』
「どれだ?」
『そこじゃ、剣の錆び付き落とし依頼の横』
「だからどれだ?」
『目ぇ悪すぎじゃろお主っ!
これじゃこれ!』
ブチィッと手配書を破り取る灰火。
実体化している割には周囲の人々から大きな反応はない。
あったとしても精々が間近で見るヴォルフ族の物珍しさをかってのことだった。
「刀も無しに、良く動けるものだな」
『それについてはお主も同じじゃろうて。
どうなっておるのやら、それを知るのはあの魔女だけであろうな……』
フォドン・ウィンケル補修費用の担保として一時的にフォドン預かりとなった始源の刀。
舐め回すようなフォドンの視線を嫌ってか、それとも心細さを募らせたか……。
とにもかくにも今の灰火は炯と並び歩いている。
炯にしても、依代となった刀から離れて活動できることは少々の驚きであった。
『ほれ、受付に行くぞ』
「吾に指図とはな……」
『ほぉ~?
ではどこが受付か、お主には分かるというのか?』
見渡す、などという出来もしないことを一通りは試してみたものの……。
今度こそ明らかな溜息を吐き出して、炯は黙って灰火について行くのだった。
――フォドン・ウィンケル、客間。
「いい加減にしてくれオヤっさん!」
「あたしら殺す気ですか!」
「そうだそうだ!給料倍にしろー!」
「ガンラ?大丈夫か?」
「大丈夫な訳ねーだろが……一回死んだぞ俺は……」
「豪胆にも程があります、フォドン様」
「それ程でもない。
エウド、それに皆、良く耐えてくれた」
緊張の連続を制した面々はフォドンへの悪態もそこそこに、
卓上に置かれた絶刀へと興味を移していった。
「エウド、お前にはどう見える?」
「どうもなにも、これ程の剣は収集任務でも見たことがありません。
フォドン様秘蔵の蒐集品の中でも、これ以上の品はないでしょう。
それにあの男、剣伏をしていたように思えます」
「剣術の最上位、失われた秘術、か……」
世俗に疎く、通貨の概念すら失する者。
しかして恐らくは、月を割った張本人。
そんな存在から一時的にだが手に入れた――夢の果て。
芯を貫く歓びに感涙さえ覚悟していたが……。
早くも落ち着きを見せ始めていた心に、自分自身それが何故なのか見当が付いていた。
「……」
――選ばれていない。
漠然と降って湧いた答えに納得している。
選ばれていないにも関わらず、
それでも切っ先がこちらを向いていないことに感謝しなければならない立場なのだ。
「あの男は……必ずや目的を遂げて帰ってくることだろう」
手放すことが決まりきっているならば。
夢の果てに――。
届かないと思っていた指先が触れたのならば。
「私は……私の仕事を全うするまで、だな。
――エウド」
「はっ!」
「ドワーフの血族に連絡を取れ。
大仕事になるぞ」
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