断章:王の血筋
願いが叶う寸前の光景を幻視しながら、
青白い顔を天井に向けて力なく横たわる。
首筋を伝う液体が汗なのか血なのか、その色に怯えながらそっと拭う。
不意に無くなる首から下の感覚。
年老いても豪を誇っていた腕がだらりと垂れ、
暫くして訪れる神経の繋がる熱さと痛みに生を実感する。
「……」
傍らで本を読み耽る魔女に、今や一瞥さえくれてやれない。
――惨めだ。
「――と、現状報告はこれで終わりです。
続きまして前戦都市への補給とそれについての予算案ですが……」
こんな状況でも口うるさく報告をしてくる執政官にさえ、文句のひとつも云えないのだから。
「エメ。……お前に全て任せる。
だから下がれ」
潰えた願いを噛みしめる時間が必要だった。
「王。貴方ほどの人でも、やはり消沈はするんですね」
「動けないのをいいことに……、随分好き放題言ってくれるじゃねえか」
「ええ、それはそうでしょう。
普段から抑圧されてるんですから、こういう時には強気ですよ、ええ」
苛立ちから剣を取ろうと全身に力を入れるが……。
首に奔った冷たさに、またしても感覚が消え去っていく。
「王……」
「終いだ。俺らの願いはもう叶わん……」
「諦めるおつもりで?」
「今更叶ったところで、この体で何をしろっていうんだ?
俺はもう戦えん、二度とな。
あの日夢見た景色は、二度と手に入らねぇ。
……すまんな、エメドリエ」
執政官の眉間に皺が寄っていき、暫しの沈黙の後。
皺を解いたエメドリエは、
王の寝台へと土足で上がり込みその胸ぐらを掴み上げた。
「いつまで無様を晒すつもりなんだ!リトヴァークッ!!」
破壊され尽くした王城に聞き慣れない怒声が響く。
「仲間を殺され!願いを潰され!
首を切られたからってそれが何だっていうんだ!!
昔のお前の言葉を!信じて待ってる奴がまだ居るんだぞ!!」
かつて――。
戦場で指揮を執っていた友の顔が、怒りで真っ赤に染まっている。
「……お前に向かって奴が刀を振り上げたとき。
私だって一瞬、自分の剣が何処に在ったか思い出そうとした……。
仲間の首が刎ねられたとき、私だって向かっていこうとした……。
それが……それがッ、……無駄な事だって分かっていながらだ!
でもそうしなかった、何故だか分かるか?
お前が生きていたからだ……!」
怒りの感情が振り切れて、今や涙を流しながら感情を爆発させるエメドリエ。
「首を切られようがお前はまだ生きている!
ならさっさと立ち上がれ!立ち上がって剣を取れ!
――あの日の続きを……見せてくれよッ!!」
友の言葉を受けても。
体にはまだ力が入らない。
腕どころか、指一本さえ動かせない。
ただ――。
力の抜けた双眸に、再び宿った物が在った。
その色を見たエメドリエは力を抜く。
乱暴に扱われて血の滲んだ首を拭い、静かに寝台を降りて、
そこにはいつもの執政官が頭を下げて立っていた。
「どの様な罰でも喜んでお受け致します。
但し、王自ら手を下していただきたい。……では」
去って行く足音が完全に聞こえなくなってから、本を畳む音が傍から聞こえる。
こちらを覗き込む魔女は、優しい笑みを向けながら、言葉を刻んでいく。
「良い物を、見させて、貰ったわ。
貴方には、過ぎた友人ね」
覗き込んでいる笑みが一際深さを増したのを見て――。
首の冷たさを忘れる。
「あら、そんなこと、しないわよ?
意味が、無いじゃない、貴方はもう、既に傷ついているの、だから」
それを信用するほど愚かでは無い。
足下の方へ移動する魔女を睨み付け、必死に剣を求める。
だが……。
魔女が大杖を回し始めて、辺りを波光が包んでも、
リトヴァークには鈍色のひとつも聞こえはしなかった。
組み替えられていく理に、湧き立つ恐れを必死に捻じ伏せる。
「教えて、下さらない?
貴方が見た光景を。
貴方の願いを。
貴方は、あの神様に。
一体何を願う気だったの?」
恐怖を抑えるのに気を取られた王は、魔女の問いかけに心を開かれる。
明け透けになった王の心に、飽くなき戦いへの憧憬を見たルファシア。
見果てぬ戦場――。
剣を手に、仲間を率いて、敵を斬り殺していく制覇。
勝ち取って得た平和と、その落胆。
死中に生きる――歓び。
垣間見た光景に響くは笑い声。
あの夜に響いた少女の声。
「あっははは。
そう、貴方、そんな事を、願う気だったのね。
……喜んで、いいわよ。
次に、目が覚めた、とき。
貴方の願いはきっと――」
部屋を埋め尽くす光が理を書き換える。
時を運命づけられ、その時が来るまで目覚める事を禁じられた王。
永遠にも思える体感は、深き眠りに誘われ沈んでいく。
「まだ黒く濁っていたら、消してしまうのも、やむなしだったけど……。
でも、その心配は、もう要らないわね」
閉じていく双眸。
その色を見届けたルファシアは静かに呟く。
「貴方の血筋、その呪いのひとつが、やっと途絶えたわね。
……皇帝さん」
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