必要なこと


世界が混乱に満ちようと、

慣れない感情に振り回されようとも、

いたずらに消費され続ける物が在る。


――金だ。


それは信用を堅固にし――。

それは時間を買うに等しく――。

それは文明に触れる為の通貨であった。


生きるのなら何をしていても消費され続けるそれは、

例え野生で生きるヴォルフやエルフであったとしても逃れることの出来ない物だった。


無論、オルネアとアルアに至っても……。


にしていた依代探索の達成報酬も有耶無耶になってしまった今、

どんな行動を取るにしても路銀が不足していた。


そこへ舞い込んだ魔物の活性化現象。

不謹慎ながらも、それは二人にとって路銀を稼ぐための絶好の機会となっていた。



斬る、というよりも既に、薙ぐ、という領域のオルネアの剣。


その姿を少し離れた位置から見守るアルアは、

次々と魔物を打ち倒していく剣の閃きに、云いようのない感覚を覚えていた。


言葉にするならそれらは、

芯のない――、

活きのない――、

籠もっていない――。


と、種類こそ多いが……。

その全てに不の感情が込められていることは疑いようが無かった。



――路銀の為だから?

違う。


――切り甲斐の無い魔物だから?

それも違う。


――体調が悪いから?

ある意味そう。



これほど分かりにくい落ち込み方が在ったなんて……。

ヒトの感情構造は興味深くて面白いけど、これは望んでた旅とは違う。


慣れていない感情だろうから、向き合い方も知らないだろうし……。



「悔しかったんですね」



アルアがそう言い放った直後、衝撃音が鼓膜を震わせる。


両手で武器を扱う魔物――ログアタウロス。


その巨体が振り回す大木を難なく受け止めながら、

オルネアは投げかけられた言葉の意味を考えないようにしていた。



「戦闘中だ、お前も気を張っていろ」



「戦闘中って言ってもあとはその一匹だけじゃないですか。

しかも、さっきからずっと受けるばかりで反撃もしないし。


心配で声ぐらい掛けますよ」



額に汗を滲ませるは魔物の方。

何せ、振れば大方を肉塊にしてきた一撃が、悉く防がれ続けているのだから。


一方オルネアはというと。

伏した顔で、気配や感覚だけを頼りにして、

魔物が振るう大木に剣を合わせるのみ。


それは何かを確認したがっている故の行動だった。


攻撃に合わせて、受けとめる。

剣から伝わる重みと、それを支える腕。

肩から腰、足を通り抜けて地面へと向かう衝撃。


何度も確かめて、だが納得はせず……。



数度の打ち合いを経て諦めたのか、

息も絶え絶えとなったログアタウロスが退散していく。



「逃げちゃってますよ?いいんですか?」



「……」



――ここでオレが奴を見逃せばどうなるだろうか。


街道に程近く、なだらかな丘が続くだけ。

体力が回復すれば直ぐにでも商人や輸送隊を襲いに掛かるだろう。

物資を奪われるだけならまだしも、人死が出ることも予想に難くない。


――でも、そんなものは……。


脳裏に浮かぶ強さの果て――。

瞼を閉じればそれだけで想起させるつるぎの果て――。



――オレがやらなくても、オレが……いなくても。



気落ちしすぎていると自覚しながらも、

踏み固め、土台とし、

次の一歩を踏み出すために必要な行程だった。


ここまですれば普通に戻れる。


頭を振って、足に力を込めようとしたとき。



『悔しかったんですね』



邪魔な言葉だった。

理解したくない言葉だった。


心が乱れる言葉だった。


だから今もこうして剣を握りしめるだけで。

去って行く魔物の背をどうしようもなく見送っている。



そんな様子のオルネアを見て、独り言の様に語り出すアルア。



「圧倒されるままの貴方を見て……。

安心感というものが私の中から消えていきました。


ドラゴンと戦っている時ですら、それは消えなかったというのに……」



話す内容を考えて、順序立てて。

ギリギリ説教にならないように心の整理というものを説こうとしていた筈が……。


それは次第に、アルアの心境を表していく言葉に移り変わっていく。



「……私も悔しかったんです。


貴方が示した力の在処ありかが、何故だか揺らいでしまったみたいで……。

それを頼って、それに助けられた私の信頼までも否定されたように感じて……」



想いを同じくしていた事実にオルネアの伏していた顔が上を向く。


向けた視線の先で小柄なエルフと目が合った。

その顔は曇った眉のまま微笑んでいて……。


自分は本当にこのエルフを守ってやれたのだろうか、と。

誓いの言葉を早速思い出す始末だった。



エルフを安心させる表情がどんなものなのか知らないが……。

取り敢えずは同じような顔をして、曇った眉のまま笑って見せる。



乱れていたの心。


やがていつもの調子へと戻った二人は、去った魔物の後を追いかけ……。

木陰で安堵していたログアタウロスを見つけると、

申し訳なさそうに斬りかかるのであった。



「力の抜けた断末魔でしたね、あのログアタウロス……」



「逃げ切ったと思い込んでいたんだろう。

まぁ、少し悪いことをしたとは思うが……。


一度アーヴァンへ戻ろう。

ギルドに報告がてら、装備品の補修もしておきたい。

望み薄だが……執政官から報せがあるかもだ」



「依代探索の報酬ですね!

完全に有耶無耶になってしまう前に、しっっかり言っておきませんと!」



帰還した二人を出迎えた執政官エメドリエは、

報酬のの字が出た途端に、白目を剥いて仰向けに倒れ込むのであった。

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