乱された日常
混乱――。
それに混沌を少しだけ加えてアーヴァンの日常は回っていた。
物資搬入に精を出していた者は、
瓦礫の撤去と底さえ見えない亀裂の後始末に頭を抱え……。
一日中酒をあおっていた連中は、
常連だった店を潰されて激怒し、かと思いきや被害の無かった店へと消え……。
手を組み祈っていた人々は、
割れた月と街へ残る傷跡に戸惑いながらも、
示された力の規模に――、信仰を深めていった。
復興の指揮を執ったのは執政官であるエメドリエ・ルワード。
裏へと退場した王に代わってその手腕を存分に振るっているようだ。
事の一端を背負うオルネアは自らも復興にと進言したが……。
「適材適所――。貴方には貴方の舞台があります。
こちらの混乱が伝わったのか各街道沿いで魔物が活発化しているようで、
貴方にはそちらへの対処をお願いしたい。
ギルドへの斡旋は既に済んでいますのでそちらから……。
それと、責任を負うなどとはお考えにならないように。
王は、……いえ。
私共々、貴方には感謝しております。
貴方がいなければどうなっていたか、考えたくもありません」
「リトヴァーク王の様子は?
怪我は無いのか?」
「ええ。勿論です。
貴方に守って頂いたのですから。
今は大事を取って療養中で御座います」
疲れた目と疲れた顔を綻ばせ、
深く頭を下げて指揮の中枢へと戻っていく執政官エメドリエ。
そこに違和感などひとつもなく。
蒼白となった王の顔――。
それを思い出しても、オルネアは執政官の云う事を飲み込む他無かった。
「――知りたい?」
抜剣するに値するほど――。
その魔女は気配無く、オルネアの背後に立っていた。
「口を開くな――魔女」
切っ先を真っ直ぐ向け、敵愾心を露わに至法ルファシアへと対峙するオルネア。
身に秘めた炎は今にも噴出するほど荒ぶっている。
「奴に……あの剣神に、何を吹き込んだ?」
「何も。何も、吹き込んでなんか、いないわ。
うふ、うふふ……」
小刻みに笑う仕草は明らかな含みを持ち合わせており、
オルネアの剣握る手に力が込められていく。
「あら、怖いわね、それに、とっても熱く、なってるようだし……」
向けられた剣をつまみ上げ、己の胸へと押し当てるルファシア。
「……彼に込めたのは知識、よ。
無いと、不便、でしょう?
何せ、彼は、とっても古い、存在、なのだから。
それ以外は、何も、してないの」
魔をも貫く剣を前に、命を差し出すに等しい行いをする至法。
そこに虚言は無いと示す態度にオルネアは詰問を続けた。
「リトヴァーク王の激高の理由は?」
「彼が、剣神様が、命令に、従わなかったから」
「それを画策したのか?」
「いいえ。
私は、招き、呼び寄せた、だけに過ぎない。
当然、主従の結びは、施していた、けど。
そんなもの、彼には、関係なかった、みたいね」
「……」
測りかねる――。
それがオルネアの正直な胸中だった。
――迷いの在る剣で断ったものは、必ず悔いを残す。
経験則から響く声に従って一先ずは剣を下げる。
「リトヴァーク王は無事なのか……?」
「それに、ついては、貴方も、薄々、感じている筈、よ?」
――やはり……。
「でも、いま王を失うことは、私も、求めていない。
安心して、しばらく此処に、居ることにするから。
此処の復興も、王の命も、私が受け持つわ」
余裕たっぷりの笑みを見せる至法。
それならばと提案を投げる。
「アルアが言っていたぞ、お前の上は居ないと。
ならば、傷ついたこの街を直すことなど造作も無いはず……」
余裕の笑みを少しだけ落として、至法が応える。
「可能、よ……。
それこそ、瞬きの一瞬で、何もかも、元に戻せる、わ」
「では――」
「いいえ。
それは出来ない、の」
「何故だ!
触媒が不足しているのか?それとも対価か!
オレに払えるものならなんだって――」
至法は、もはや笑みさえ消して、その代わりに浮かぶは憂う心。
そこには魔女らしさなど欠片も無く。
底意地の悪さや、弄ぶような気紛れすらも無く。
ただただ、それが出来ないことを必死に表していた。
「全てが可能だからこそ、私はそれを選択できない。
その果てに在るのは永遠の停滞。
明日の来ない今日。無限に続く現在。
……でも、勘違いは、しないで。
良きところを、見計らって、復興に、手を貸す、から。
それにね、私が全て、やってしまったら、
復興という、仕事が、無くなって、しまうでしょ?
お金目当てで、地方から、沢山流入、してくる人が、
ここで働き、ここにお金を落とし、結果、ここが潤っていくのよ」
普段とは違う抑揚で話した後、いつもの独得な口調に戻っていく至法。
悲痛さを覆い隠すような語り口は、オルネアにそれ以上の追求をさせなかった。
事は起きた。
どれだけ歯がみしようともそれは覆らない。
「先を見越せと……。
オレにそう云うのか……」
煮え切らない想いを炎で燃やし尽くし、
誰へも向けていない言葉が、一人静かに喧騒へと呑まれていった。
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