代わり


目覚めるほんの少し前から、既に意識があったことはないだろうか。


起きていると自覚するのが遅れたからなのか。

睡眠とは単に意識の目を閉じているだけに過ぎないのか。


とにもかくにも。

目覚めの瞬間よりも少し前から周囲の状況を理解している時がある。



「……仕方ないですよね」



そう呟いてから目を開ける。

期待していた人が傍らに居ないと、既に分かっていた。


――足手まとい。


何処からともなく言葉が浮かんでは消えていく。


――だから置いて行かれたのだ。

――本当の事だから仕方が無い。


何も持っていない手で今の心境を文字に起こそうと意味も無く藻掻いてみる。


そうしながらアルアはやっとに居た人物を見やった。


オルネアの代わりに立ち尽くしていたのは、深刻そうな顔をした魔法使いだった。



「私は――」



「リトリナ・リル・オーベリア。

年齢18、ヒト、女性、魔法使い。


その他の基礎体型情報と貴女に付いてきたご学友の説明は……、

……今は省くべきでしょうね。


――姉としての尊厳を保ちたかったからですか?」



一瞬にして紐解かれる此度の原因。


リトリナと呼ばれた魔女が唖然としている間にも話は続く。



「貴女が生まれた日、オーベリア家に出向いておりまして。

まだ赤子だった貴女を抱っこしたこともあるんですよ?


貴女を囲むご家族はとても幸せそうでした。


……自分は妹より上だと、認めさせたかった?


それがこれでは……ご家族も残念に思うでしょう。


誰にだって未熟な時があります。

貴女がすべきだったことは、必要な分だけ屠るということ。

分別無き力の行使は貴女では無く、貴女の周りに破滅を齎します。


――じゃあねッ!」



静かな語り口から発する急なハツラツ。

リトリナはただ圧倒されたまま小柄なエルフを見送った。


ベッドから跳ね起き、荷物を背負い込み、

手製の魔法に追加詠唱を施しながら医務室を飛び出る。



「私の案内無く辿り着けるとでも思ってるんですかぁ~!

置いてこうったってそうはいきませんよぉ〜!!

えへっへっへぇ~~!!


"……示さず、視えず、触れない。……故にて暴く居所よ。"

【ジリアヴル・ティルナート】!」



転移の魔法によってアルアの姿が掻き消える。


だが次の瞬間……。

首根っこを引っ掴まれた状態で、アルアは再び医務室の扉を潜っていた。



「安静にしてろ功労者。……そらよっと」



エルフをベッドに放り投げるオルネア。



「あっぶなッ!

安静にしてろって云うのに投げないで下さいよー!


……てっきり、置いていかれたのかと」



「地理なら任せろと言ったのはお前だぞ。


それに。

……東に向かって真っ直ぐ進んでも、目的地は出てこないんだろう?」



オルネアの言葉に目を輝かせて笑うアルア。



「では早速!!私が気絶していた間の出来事をっ!!」



書を開き準備万端で待ち構えるアルアをひとつ置き。

放心状態の魔女に目で促す。



「あ……ええ、そうね。

何もかもつまびらかにされてしまった後だけど、改めて名乗らせていただくわ。


リトリナ・リル・オーベリア。

優秀な妹を持ってしまったが故に暴走した、不出来な姉よ」



口調は荒れているが表情は落ち込んだまま。


続く沈黙と言い放った内容から、アルアの悪いところが炸裂したのだと察した。



「落ち込まないで下さいよリトリナさん。

貴女には貴女なりの良いところが……」



「そんなもの無いわよ。だから現にこうなっているの……」



「私の魔力切れを治してくれたじゃないですか~!

エルフの魔力に馴染むよう、風を含ませるっていう手間も掛けて」



「あなた……眠っていたはずじゃ……」



「さぁ~?なんででしょうね~。


……人には得手不得手が在ります。

比較するのではなく、自分にしか出来ないことをしていきましょ?」



「ええ、今回の事で深く思い知ったわ。

……私の不始末に決着を付けてくれて、……感謝しています。


でも最後に、どうしても分からないことがあるの」



そう言ってオルネアに向き直る。



「あの魔獣王を斃してしまえば、連鎖を断ち切ることが出来るのではなくって?

そうすれば此処は……」



「あいつが何かの餌に成っているとは考えないのか?」



はっとした表情を見せた後、次第に震えていくリトリナ。



「あの魔獣王を殺せば……。

次此処に来るのは、あの白金の魔獣王をも上回るモノになるだろう。


此処以外でなら幾らでも殺し尽くせば良い。

オレだってそうしているしそこに理由なんて要らない。

安全の為だろうが、金の為だろうが、単に邪魔だっただの……。


だが此処では……。


前戦都市でだけは……、それは致命的になる」



――何も見えておらず、考えもしなかった。

そこまで自分は落ちていたのだ……。


目を閉じて唇を噛みしめるリトリナ。


妹への可愛げのあった嫉妬は、いつしか自身を苛む劣等感へと姿を変え。

愚かにも暴走した挙げ句、より低き所へと落ちていく。


それでも、そうしてやっと見える景色だってあるのだ。


暫くしてどこか吹っ切れた様子を見せるリトリナに、

剣士とエルフは顔を見合わせ、今度こそ医務室を出る。



「もう出発します?ケールさんから物資は……」



「受け取ってある。

ここで出来ることはもう何もない」



「ケールさんには……、あの魔獣の意味を?」



「……ああ」



その返事を聞いて静かに書を仕舞う。

表情も雰囲気も、とても話を聞ける状態には無い。


喜怒哀楽のどれでもない感情を瞳に浮かべる剣士。


その目が捉えたのは、拓けた森を前に腕組みして待ち構える男の姿だった。



「ケール……」



「……」



無言のまま剣の柄を突き出すケール。


――幸運と武運を祈る験担ぎ。



「知っちまったからには途中で降りる訳にはいかねぇ。


俺は……俺は戦い続ける。


だから生きて戻れ。それでまた手ぇ貸せや」



自身の剣を同じように突き出し、柄同士を派手に打ち鳴らす。



「――必ず戻る」



「えー!帰りは北方向通って帰りましょうよー!

サンザで旅の疲れを癒やして、それから凱旋がいせんした方がぁ……」



残念なことに……。

無粋を咎める男二人の視線を受けても、小柄なエルフは態度を改めようとはしなかった……。

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