静寂響く戦闘歌


「炎には限界が有る。


放てば放った分だけ消費するし、それだけ回復にも時間が掛かる訳だ。

そこで編み出したのが、身の内に炎をとどめ置くことだった」



「ほほぉ……。

発散されない炎は必然消費することもない、という訳ですね?」



「そのとおりだ。


この技を編み出すのに大分苦労した。

炎を用いた効率的な戦法を考えついたとしても、その為に鍛錬も積めない。

何せ、鍛錬の為には炎を無駄にしないといけないからな……」



「では、想像するしかなかった戦術は全て実戦で試してきたと?

……何体のドラゴンと戦ってきたんですか?」



「そう云われるとむず痒い。

実際、強力すぎる魔獣に出くわしてその度に炎を使わざるを得なかったんだからな……。

そうして経験を蓄えてきたんだ。


今まで斃したドラゴンは一体だけだ。

ランヴェルでの戦いでは初めて全力を出すことが出来た」



「ほっほぉ~……ほほっほっほぉ~~!」



――見晴らしの良い草原地帯。


警戒は緩めないが、張り詰めなくても良い程の視界の広さがある。

エルフの聞き取り調査にその余裕を少し回しても問題ないだろう。


アルアの足取りは軽く、淀みなく前に踏み出している。

重心の位置もブレていない。



「疲れないか?早めに野営を敷いても構わないが……」



「まだまだ行けますよ~。

魔力切れの予後も順調ですし!


……リトリナさん、実際腕は良いんですよ。

エルフの魔力に同調できる人は極端に少ないですからね。


それに、休むならもう少し先の廃墟にしましょう。

壁もあって身を隠せます」



人の手が及ばない魔の領域、そこにある廃墟と云えば……。


暫く歩いた先でその答えが二人を出迎える。


――辛うじて外観を残す建物。

生い茂る草木がそれを覆い支えている。

よく目を凝らせば周りにも同じような状態の廃墟が並んでいた。



「800年ほど前に滅んだ街、――前戦都市コルダトです」



殺し殺されの一進一退。

人側に有利な戦況もあればその一方、魔に追い風が吹いたときもあった。


ここからダンビートまでの距離を考えれば、その敗走は相当なものであっただろう。



「静寂響く戦闘歌――。

……静けさの中に激しい戦闘が思い浮かぶ、という意味です。


やっぱり場所変えます?」



「いや、ここでいい」



比較的壁が残っている場所で野営を敷き、

アルアお得意の料理が振る舞われた。



「またパルーか……」



「美味しいじゃないですか~!

焼き加減はどうします?」



「……固めで」



「承りました~」



――パルー。

乾燥させたパルミアの実をすり潰し粉にした後、

水、好みの木の実や蜜を混ぜ合わせ焼き固めたもの。

水の代わりにラグアの乳を入れる場合もある。


一口大で、完璧に焼き固めると手に粉が付かないが、

あえて緩く焼いて粉を拭いながら食べる物好きもいる。


パルミアは高原地帯に群生する身の丈を優に越す背高の穀物。

夏から秋にかけて実り、手の届く範囲に垂れ下がれば収穫どきである。

垂れ下がる方向を揃えたパルミアの並木は美しく、夕陽の黄金色を反射し煌々と輝く様は秋の風物詩となっている。



「何回目だその説明……」



「これ言い終わると同時に焼き上がるんですよ、だから丁度良くって……えっへへ」



焼き上がったパルーを頬張りながら、

極東の灰島を前にした最後の野営を噛みしめる。


穏やかな夜はここが最後になるだろう。


炎の痕跡強く残す灰の島。

大いなる者と相まみえる確率は高い。


そして、対峙してしまえば殺しきるまで休むことは出来ない。



「アルア、約束してくれないか」



「何をでしょう?」



「ドラゴンとの戦闘が始まったら、――必ず逃げろ」



難しい顔をして悩むアルア。


退き難いのは重々承知の上だ。

だが、こちらも退けない。



「常日頃から五月蠅くて煩わしいお前だが……」



「ひどーい!」



「それでも、死んで欲しくないとは想えるようになった」



「オルネアさん……」



王城での共犯とは話も規模も違う。


これは俺の使命だ。


何も、……誰も巻き込みたくない。



「……本気のようですね。分かりました。


ドラゴンとの戦闘が始まったその時は全力で離れると約束致しましょう。

転移の魔法で可能な限り遠くへ飛びます」



含みのないアルアの真剣な目つきに確証を得る。


これで気兼ねなく全力を出せる。



「周りは私の結界と感知張ってますし、今夜ぐらいはぐっすり眠ってくださいね」



「助かる」



剣を立てかけ、焚き火の仄かな暖かさを撫でて眠りに落ちる。


静と動、その切り替えこそが生き抜く上で最も大切なことだ。

睡眠の質が齎す活力、体力の回復は目を見張る物がある。

目を閉じて直ぐにどれだけ深く眠れるかで剣の冴えが違う。


――ガチャッ。


アルアの忠告を聞いておくべきだったかもしれない。


眠りの底で深層意識が聞き取った、戦いの音。

800年という月日が流れようと、土地に染みついた戦いの情景は消えない。


一説に因れば、大規模な戦や虐殺が起こった地ではなる現象が巻き起こると云う。


死した者達の魂が、剣を、鎧を、闘争心を得て蘇り、

当時の戦模様を再現するのだとか。


――ガチャガチャ、カチッカチッ。


こうも音が響けば無視していられない。

酒場でのウケを狙った定番話かと思っていたが……。

商人や輸送隊が巻き込まれたという話は本当だったらしい。



「……アルア、場所を移す……ぞ……」



「……あ」



入念に剣を調べる小柄なエルフが、大変な間抜け面を晒して驚いている。

だが驚いているのはこちらも同じだった。


――夜が明けている。


目を閉じてまだ一瞬しか経っていない筈……。



「お、お目覚めですかぁ~?へへっ……へっへ……」



ジトッと咎める目を笑って受け流される。



「やめておけといっただろうが。……手は無事か?」



「手ですか?……なんともないですけど……?」



訝しむ視線に手を差し出すアルア。

眠っている隙に剣を触りまくったであろうその手には、切り傷ひとつ無く。


不躾に触れた者を裂いてきた挙動は鳴りを潜めていた。


担い手にだけ微かに響く鈍色にびいろはエルフをも認めたと囁き。

一瞬の内に過ぎた夜は、全幅の信頼を築いた事の証だった。

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