魔獣の王


「エルドアレーヴェ……」



オルネアの呟きに素早く脳内を検索する。


――魔獣エルドアレーヴェ。

白金の体毛を輝かせる四足獣。


雄々しい顔立ちに備わる凶悪な牙――。

魔力で満ちたたてがみ――。

リージャを思わせる自律した尾――。

豪奢なローブを纏うように一対の翼を携える、魔獣の王――。


未だ姿を見せないがらも、

数多の命が引き、平伏しているこの状況が、彼の魔獣が近づいていることの何よりの証拠だった。


そして……。


この魔獣が出てくる理由、真の意味。



「ケールの指揮は優秀だったらしい……」



「……そのようですね」



「会敵まで時間が無い。アルア、皆に伝達しろ。


魔法使いは残らず正門上の高台に配置、お前の指揮で結界魔法に注力。


他の人員は全て撤退だ。

城塞都市まで引けと伝えろ」



「了解です!オルネアさんは!?」



「直に叩く」



そう言って正門外の広場へと躍り出るオルネア。

剣を構え、意識を研ぎ澄ます。


前方、距離は……。


――否。


距離など既に問題では無い。


奴の目は、既にこちらを捉えている。


リージャは勿論のこと、同じ魔獣と言えどボアツオなどとは比較にならない。

油断と慢心を態々わざわざ振り払わずとも、あちらが近づくだけで全てが吹き飛んでいく。


短い呼吸を繰り返し、全身にりきを入れる。



――今より数刻、ひとつの瞬きすらも許されない。



「ゴォルルァッッ――」



「――ォオオオオッ!!」



会敵――、即――、速度と体重を遠心力に乗せた縦回転切りを見舞う。


めくれ上がる地面、土埃舞う戦場。


手応えが無い。


フッと自身に落ちる、――影。


瞬間的に後ろに飛ぶ、その直後振り下ろされる爪の一撃。


後退して生じた僅かな慣性――。

振り下ろされた勢いで踏みしめた、連撃の足がかり――。



「ゴアアアアアッ!!!」



振り抜かれた爪を躱す――、しかし躱した方向から又も爪が迫り来る。


切り返しの速度が尋常では無い。


後ろ足の膂力と翼の推力が可能にする終わりの無い連撃だ。


対するオルネアは、

爪を弾く度に骨まで響き、防ぐ度に内蔵まで揺らされる。


反撃へは程遠い。


後退の僅かな慣性から始まった一転攻勢は、

今やオルネアを宙に浮かせるまでの勢いを帯び始めていた。


自らの力不足、未熟さを後悔する間に、背後へと迫っていたダンビートの正門。



――オルネアは目を閉じた。



無数の死が舞う連撃の最中。

それは即死を意味する。


しかし、終わりの無い連撃は、重い衝撃音を最後に終わりを告げた。


一瞬の間を開けて再開された連撃は、その様を一変させる。


せず――。

あいせず――。


返され始める爪。


手数を落とし、一撃一撃の威力を高めようとも。

躱し、弾き、防いで、その度に揺れ動いていた剣士を、今や少しも動かせない。


魔獣の王は体勢を整えるため、一歩下がった――。

途端に差し込まれる、——蹴り上げ。


宙に浮きながら、魔獣の王は垣間見た。


剣士の瞳に宿る――。



「――炎よ」



振り抜いた剣から放たれる真紅の炎。


目前に迫った焼失に、過去感じたことが無いほどの恐れを抱いた魔獣。

不格好ながらも翼を広げ、ひと羽ばたきの後に焼失を免れる。


――しかし。


生へとしがみついた行動は、結果として翼の焼失へと繋がり……。


矮小なヒト如きへの遅れを。

自身の取った距離と、両翼の痛みと共に痛感する。



――侮った。



踏めば消え入る魔物ではない。


噛めば千切れる肉ではない。


此奴は……。



――敵だ。



「■■■・◆◆◆◆・●●ッ――」



自律した尾が断続的に鳴き声を上げる――。

白金の鬣が妖しく光を帯びる――。


一頻り息を吸い込んだ魔獣の王は……。


天を仰ぎ――、


大気を震わせ――、



破滅の唄を響かせた。

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