畏怖


――前戦都市ダンビート、高台の上。


日が天辺を過ぎて少し経つ頃。

魔物の襲撃が予想されていた刻を過ぎ、張り詰めていた皆の空気が和らぐ。


下方からケールの声が響く。



「おーい、お二人さん!すまねぇなー!

今日の襲撃はもうねぇかもしれねぇが、一応警戒はしといてくれ!

もう少し経ったら交代だ~!その後で物資配給すっからな~!」



二つ三つと条件を重ねない誠実さにほっと胸をなで下ろし、

遠方まで届くであろう頭のテカりを見送る。



「ケールさんも以前はフッサフサのワッサワサだったんですよ」



「……心労か。特に頭髪には悪いと聞く」



「意外ですねぇ。オルネアさんがそんなこと知ってるなんて……。

あ~~!もしかしてぇ~~?」



「要らぬ心配だ。


薬師の知り合いが居たんだ。

薬品や調合方法、人体のどの部分がどう作用するのか……。

独り言のように語って聞かせてくれたものだ」



素早く書き留めて、だが深く聞くことはしなかった。

オルネアの語り口に漂う哀愁がそれを阻んだのだ。


阻まれはしても探ることには抜かりない。

表情や雰囲気から何か窺えないかと、

剣を担ぎ警戒に勤しむ剣士を見上げていると……。


ふと思い出した光景に思わず声が出る。



「剣を肩に担ぐのは感心しませんね……」



「何故だ?」



「聞きたいですか?

ゴホン!……名剣に数えられる剣達は必然、その逸話も多く残しています。

とある騎士の剣はその鋭さが有名でした」



「長くなりそうだな……」



「暇なんだからいいじゃないですか~」



剣の名はヴィマドゥーク。

崩落した太古の遺跡内部に放置されていた至って普通の剣。


しかしその状態が普通の剣を名剣にまで押し上げたのです。


土壌の悪化や老朽化に伴う崩落によって、剣は2つの巨石に押しつぶされました。

が、その巨石はエルフが切りだしたものだったのです。


完璧な直方体を成した巨石が少しもずれる事無く剣を押しつぶし……。

その結果、刀身には均等な圧力が加えられることに。


長い年月を経て加えられた絶妙な圧力によって、

刀身を構成する鋼はその強度を増し……。


瓦礫の隙間から流れ込む魔力に満ちた湧き水によって、

比類なき鋭さを得ました……。



「……それで?」



「ヴィマドゥークを得た若い騎士が武勲を立てるんですけど……。

ある時、何の気無しに剣を肩に担いだところ……。


剣の重さだけで、鎧は勿論のこと肉も骨も両断して死んじゃったんです」



「なんつー話だよ」



「肩裂きヴィマドゥーク、という話ですよ」



「いや、オレが言いたいのはそういうことじゃなくて……」



「ですからオルネアさんも安易に剣を肩に担ぐと死んじゃいますよ?」



「この剣とオレの関係を何だと思ってるんだ」



「そういえば、剣との絆はこの間見せて貰ってましたね。


いやぁ~、剣を肩に担いでいる人を見ると、

どうにもを思い出してしまって……」



「……」



光景?


まるで実際に見てきたかのように語るアルアを暫し見て、

悲惨な光景を見てしまったことへの慰めの言葉が必要なのか、

それとも何時の時代のことだったのか尋ねるべきか、と逡巡する。


だが……。


薄ら笑いを浮かべてそれらの言葉を待つ小さなエルフの気配を感じ、

そっと剣を下ろすだけにしておいた。


ちょっとでも何か言おうものなら……。

その気配すら漂わせたのなら、終わることのないお喋りに延々と付き合うハメになる。



「あまりにも一瞬すぎて記憶を巻き戻してもう一度見直すぐらいでした。

ちなみに、マルクリア王が南部地域を治めていた時代の話です。

あの時代は街道もまだ整備されてなくって――」



無駄な抵抗だったな、と思いつつ森と平地の境界線に視線を戻すが……。


――剣との絆。

そう聞いて己の剣の柄頭を握り込む。



「アルア。剣との絆をお前は何と云っていた?」



剣伏けんぷく、ですね」



「そうそれだ。それについて詳しく聞きたい」



「おほっほぉ~!勉強熱心なのお姉さん好きです!!

ゴホン!……剣伏とは!」



――剣伏。

剣が担い手の手の内に瞬時に現れる現象。



「……です!」



「それはこの前聞いた。もっとないのか?」



「あ~……えっとぉ~……」



珍しい。

喋りたがりの知識欲の化け物が言い淀んでいる。



「知らないのか?」



コッ、に半濁点が付いたような短い音を出して固まるアルア。



「い、いま纏めてる最中なんですよ!

原理も何も分からなくて……。

魔力で動いているのか、それとも全く別の霊的な力で動いているのか不明なんです……。


失われた秘術であることには間違いないんですけどね」



「剣を呼ぶぐらい誰にでも出来そうなもんだが……」



「とんでもない!

通常の呼び寄せの魔法とは何もかもが違います。


呼び寄せ魔法【レーテ】は、

魔力の流れを絶ってしまえば物体は途中で落ちますし、

移動中の物体に干渉されても同様です。


ですけど剣伏は。

呼んだ瞬間に、その距離に関係なく、

一切の遅延も無しに所有者の手の内に現れます。


その戦術的価値はオルネアさんが一番理解していると思いますけど」



「深く考えたことは無かったな……。そうか、確かにそうだな」



「ちょっとだけその剣を調べさせてくれたら、

もっと分かるかも知れないんですけどぉ〜……?」



「やめておけ」



否定の言葉ではない事にちょっとだけ疑問が浮かぶ。



「それってどういう――」



アルアの質問を手で制すオルネア。



「アルア、お前の結界魔法、限界まで広げてどれくらいの規模だ?どれだけ保たせられる?」



「ダンビート覆うぐらいはいけますよ。

時間は~……まぁ半刻ぐらいなら持ちます。


なんでそんなことを急に……?」



オルネアの目線の先に意識を集中させるが何も探知できない。

長耳に魔力を集中させても何も……。



「……何も、居ない……」



それこそが異常事態であった。


命が引いている。


――駆ける足があるものは一目散に。

――翼あるものは風を押しのけ。

――根付いて動けぬものは頭を垂れる。



魔獣の王の歩みに――、各々全身全霊の畏怖を捧げていた。

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