予感


旅していると感づくことが在る。


この道を行けば何かが起こる……。

そんな漠然とした物から。


草陰から覗く魔物の眼光……、肌を刺すような殺気……。

などという致命的な物まで。


往々にして感じるな予感。

経験の積み重ねから生じる予測と言い換えてもいい。


そのが叫ぶと同時だった。



「オルネアさんって魔法効きづらいですよねぇ?」



リージャの死体を積んで火を掛けようとしていたオルネア。

その背後から投げかけられた問いに、少しの間も開けず素っ気なく返す。



「だったらなんなんだ?」



「装備品に因る防護でもなくて、簡単な結界でも掛けてるのかと思いきやそうでもない……」



一人で勝手に進んでいく話は、核心を突きはじめる。



「リージャ戦、本当にお疲れ様でした。

やっぱり強いですよねオルネアさんって。

せっかく結界魔法掛けてあげようとしたのに素っ気なく断るんですもん。


でも。その後直ぐ、……危ないなって思っちゃって。


詠唱省いて結界魔法を飛ばしました。


どうなったか知ってます?」



油を死体の山に放って火を付ける。


アルアの問いには黙ったままだ。



「残留魔力なんて欠片も残さず、……完璧に掻き消えちゃいました。


こんな現象、ひとつしか知りません。

しかも最近知り得た物です。


……オルネアさんって、


――ドラゴンなんですか?」



燃え上がる炎を背にアルアに向き直る。


エルフの観察眼なら、とりわけそれがアルアのなら。

寧ろこの指摘は遅すぎたぐらいだ。



「人には、踏み入ってほしくない領域がある。

それを無遠慮にも踏み抜いた覚悟は認めよう。


それならば、オレの問いにも応えてみせろ。


――何故、使を放棄して私利私欲を満たしているんだ?」



背に乗せていた時のように、一切の悪意、負の感情なく問う。


対価には対価を。

このエルフ程じゃないが、欲が無いわけじゃ無い。



「それに答えたら、私の質問にも?」



「ああ」



――夕刻。

灰に成っていくリージャを見届けた後。


野営を敷き、少々堅い空気が流れる中で話し始めるアルア。



「場所は濁しますけど、故郷の森で同族が大量に死んだんです。

それこそ使命に従事していた者達が、大量に。


エルフは寿命によって死ぬことはありません。

外傷や病に侵されなければ永遠を過ごすことも容易なのです。


永遠を生きると云う事は、即ち、死から最も遠ざかると云う事。


死に慣れていなかった私は、そこで変わりました」



表情を変えること無く淡々と続けるアルア。



「儚い、と。

そう思ったんです。


永遠なんて、何処にも無かった……。


だから私は、世界を記すんです。

崩れることの無いこの書に。

決して消えず、薄れないで、掠れることもしないこの書に。


本当の永遠を求めて……。


それに!


肌と髪と意識を犠牲に、終わりの無い祈りを捧げ続けるなんて……。

とんでもなく無駄だなぁと思っちゃいまして、えへっへ~」



幾許か紐解かれた狂気の一端。

それに頷くでも無く、目を伏せることもしないでじっと焚き火を見つめる。


一頻り思いを馳せた後、オルネアも語り始めた。



「結論から言う。――オレはドラゴンじゃない。


……なんだそのがっかり顔は」



「い、いやぁ~そんな顔してないですってぇ~……。

……嘘です、しました。ごめんなさい」



「……謝るのは早いかもしれないぞ?」



アルアの手が止まり、代わりに目が見開かれる。


――オルネアの掌で揺れる炎。

その炎の色に見覚えが有ったからだ。


炭化した亡骸が作る黒い筋……。

灰と煙が舞う地獄……。


その地獄を覆う――。



「真紅の炎……」



「オレの体には、ドラゴンの炎が宿っているんだ」



符号する情報が脳神経を継ぎ接ぎし、鋭い頭痛が奔る。


強さの源――。

魔法への完全耐性――。

拒否は魔法がほつれるから――。

鎧の変形機構はつまり――。



「うぃいいいい!!!ダメ!書き切れない!

腕が足りないいいいいい!!


……ちょっと増やしますね。【ウールア・アムテルト】」



「気持ち悪ッ!!」



「どんな!?どんな経緯で!!?

どれがどうなってああなってこうなったらドラゴンの炎が宿るんですか!!?

教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて~~~!!!!」



「寄るな化け物!!」



「逃げないでくださいよ!まだまだ聞き足りないことだらけなんですから!!

剣は!?あの投げた剣を手元に呼び寄せたのは!!?あれってどうやったの!!??

ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!!!!!」



溢れすぎた狂気は、明け方に熱暴走して倒れるまで続くのだった。

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