包囲網


――依代探索の旅に出てから数日。


整備された街道は過ぎさり、旅路は悪路へと移り変わっていった。


見通しの悪い獣道を進むその間、

常に喋る口と書き込む手が止まらなかったアルアだったが……。



「――止まってください」



張り詰めた声色でそう囁くと、書を仕舞い、長い耳をそばだてた。

ガラリと変わった雰囲気にオルネアも剣を抜き放ち、その原因を探る。


音も無く、匂いも無い。


しかして肌を打つ、舐めるような視線。



「リージャか……」



「そのようです。

距離は300、数は80、隙間なく包囲されています」



――リージャ。

四足獣、胴長の魔物。

優れた嗅覚と熱感知器官を持つ。



「魔物とは云え付け狙われたら厄介だ、ここで殲滅する。

防御結界を重ねて俺の側を離れるな」



「了解です。

【ティエルナ・セプ・ラクリーエ】」



アルアに掛かった魔法を見て、防御寄りの意識の比重を戦闘へと傾ける。



「編纂の旅は伊達では無いようだな」



「勿論です!

これぐらいの結界魔法が使えないとでは生きていけませんから。


オルネアさんにも掛けますね」



「不要だ」



その声色は、実力に裏打ちされた自信故……ではなく。

どこか冷静で、さも当たり前かのような響きを持ち合わせていた。


質問攻めにしたいのは山々だったが……。


目前に迫った戦闘に集中すべく身構える。



「シュルルァ……」



流線型の体を覆う深緑の鱗――。

上下の顎を貫通する長い牙――。

顔の側面に付いた4つの黄色い目――。


長い舌を震わせてこちらを味見しているかのようだ。



「デカいな……」



「ええ。

平均全長1mのところ、このリージャ達は2mを超えています。


良い物食べてますね~」



「呑気な事を……。


――来るぞ!!」



狭まった包囲網から始めの一匹が飛びかかる。


右下に構えた剣を振り抜き、真っ二つに切断しながら他の集団へと弾き飛ばす。


続いて後方。


アルアを狙うリージャを蹴り砕き、

続く2匹目を回し蹴りで仕留め、

蹴りの勢いそのままに、群がった4匹の頭を刎ね飛ばした。



人相手では見せなかった容赦の無い攻撃。

ボアツオ戦で見せたような慎重な戦い方でも無い。


向かい来るものを力で叩き伏せる剛剣。


両手剣の重さをまるで無視した剣の軌道。


目まぐるしく変わり続ける体術と剣術の融合。


体捌き、切り捨てた魔物の配置。

足場の確保をも両立しながら、戦闘を組み立て制覇していく。


見惚れるという言葉の意味を再確認するアルア。



半数を仕留め終わったオルネアに対し、魔物の動きが変わる。


闇雲に飛びかかるのではなく、周囲を回る陽動、背後を取る攪乱の役割を見せ始める。


乱れた動きが整然となっていく様は、魔物と云えど決死の覚悟を感じさせたが……。


その覚悟こそが致命傷になった。


規則性を持ってしまった魔物の動き。

10匹以上が直線上に重なる僅かな瞬間。


その瞬間を狙って、オルネアは剣を投げた。


回転せず、矢のように飛んで行く剣によって12匹を貫く。


乱れた統率。

しかし、一転して危機に陥ったのはオルネアの方だった。


如何に体術が優れていようと。

八方からの攻撃を防げようと。


剣が無くてはどうにもならない。


攻めの好機を見逃さなかった魔物は、一斉に飛びかかる。

隙間無く、断続的に襲い来る全方位攻撃からは逃れようが無い。


詠唱を省いたアルアの結界魔法がオルネアを包みこむ。


――その直前だった。



「――来い」



鈍色にびいろが響く。


直後――。


オルネアは、向かい来る最後の群れを相手にしていた。



「あれは……」



見間違いでは無い。

確かに剣は投げられていた。


貫かれた魔物の集団を振り返り、そこに剣を探すが……。


亡骸となった魔物が残るだけ。



戦いの趨勢すうせいを見越したアルアは書を取り出し、猛烈な勢いで筆を動かす。



「へっへへぇ~~……えへっへっへっへ~~!

堪りませんねぇオルネアさぁ~ん……」



失われた秘術さえ会得していた剣士。

その戦い様を見据えて、溢れんばかりの狂気を浮かべるのだった。

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