魔獣と悪寒と狂気と……


「掴まれアルア!!」



「ほぉおおおッ!!」



「グルルルッガァアアア!!」



魔獣の牙がアルアの髪を掠める。



「ドラゴン倒したんですからあんな魔獣楽勝でしょうよオルネアさん!!」



「お前が横に張り付いてくるから満足に剣も振れないんだろうが!!

とりあえず……、上に飛んでろ!!」



「ちょ!まっ――ぁあああああああああ!!!!!」



アルアの首根っこを引っ掴みそのまま空高く放り投げるオルネアと呼ばれた剣士。

足手まといが居なくなったおかげでやっと魔獣と対峙しその姿を確認できた。


四足獣、二本角、二叉の尾。

持久力無尽蔵の魔獣ボアツオだ。



「逃走は無意味、……かかってきな!」



吠え声を上げ突進。

角の強烈な一撃がオルネアを捉える。

身を捻りながら剣を盾にすり抜け、続く二本目の角を大きく弾く。

吹き飛ばされながらも体勢を最小限の動きで整え再度の突進。

小刻みに振られる頭のせいで角が一層厄介な攻撃になった。


真横に大きく身躱すが、魔獣の強靭な肢体は驚異的な速度を保ったまま直角に曲がり、

オルネアの胴体目掛け二本の角が迫った。

回避先に迫る角の二連撃に対応できずに小さく弾き、故に距離も取れず。


一瞬で突進を仕掛け直す魔獣にこちらも突進。


距離を開ければ開けるほど突進の威力は高くなる。

それなら逆に近づいてしまえば良い、が……。



「グルアアアア!!」



横に薙ぐ二本角と同時に、両前足、二叉に別れた尾の攻撃がオルネアを直撃。

吹き飛ばされた先の大木に当たってオルネアの体が宙に浮く。


その隙を見逃さなかった魔獣。――止めの突進攻撃。



「オルネアさん!!」



落下中のアルアが叫ぶと同時。


崩れ落ちるかのように見えたオルネアが大地を踏みしめ、

魔獣をすり抜けるようにして一刀両断。


断末魔を上げる暇もなく魔獣は二つに別れて絶命した。


落下してくるアルアをまたも乱暴に受け止める。



「おぐぅ!……も、もっと優しくしてくださいよ!」



「誰がするか。お前のせいで危険な目にあったんだ」



「でも、さっきの戦闘でやられたフリをするくらいには余裕があったじゃないですか」



「先手を取れなかったからな。お前のせ・い・で!


……ボアツオは戦闘が長引けば長引くほど闘争心が高まり、同時に戦闘力も跳ね上がる。

だがそこは所詮魔獣。

勝機をチラつかせれば必ず取りに来る。


だがな、会敵即叩きのめせばそんな手段を取るまでもないんだよ。

まったく危なっかしい……」



実戦を経た者でなければ知り得ない新しい角度からの情報に筆が止まらないアルア。

反省の色が見えないエルフにガックリと肩を落とすオルネア。


昨夜の野営からどうやっても撒けない追跡者に対して、一時的な同行という名目で旅を共にしている。

目の届かない範囲でちょこまか動き回られるよりはマシだと思っていたのだが……。


それはそれで真横に張り付かれて大変邪魔なのであった。



「もう書き終わったんじゃないのか?」



「いいえ!ぜんっぜんまだまだですよ~。

でもご安心を。貴方の全てを書き終えたら私は消えますので!」



「……」



仮眠していた様子もなく、四六時中猛烈な勢いで書き続け。

先程の戦闘では、空中に放り投げられても筆を止めなかった様を思い出し……。


それは一体いつになるのかと、改めて問う気も無くしていた。


しかし今気になるのはそこじゃない。



「ボアツオ、か……」



「気になります?」



「ああ。……近すぎる」



魔獣の中では小型だが脅威に差はない。


――魔獣。

魔物の数倍から数十倍の戦闘力を有し、並の武装を意に介さず相対したものを肉塊に変える。


問題はその出現場所にあった。



「一番近い生活限域はここから南方、前戦都市ラトカルンが抑えているはずです」



「ならばそのラトカルンが……」



「いいえ、その可能性は低いでしょう。

前戦都市とは名ばかりではありません。

熟練の冒険者や、強大な魔力を秘めた魔女が駐留していますからね……」



アルアが感じ取ったのは齟齬だった。


熟練、達人、歴戦などという段階をとうに越えているだろうオルネア。

その知識に、漠然とだが、違和感と言うには大きすぎる何かが……。



「でも、生活限域を越えて魔獣が往来することは珍しいことじゃありません。

ここは人里から外れも外れた森の奥、且つ前線から近しいところです。


それとも、キート町の人が心配ですか?」



「……」



「貴方に冷たく当たったのに?」



「見てたのか?」



「遠くからですけどね。

あの場に不釣り合いなのは私も同じでしたから出しゃばるのは辞めにしたんです。


それにしてもゼントゥーラさん気が立ってましたね~。

また運送料ケチられたんですよきっと」



「ゼントゥーラ?……誰だそれ?」



「貴方に冷たく当たったヴォルフ族の人ですよ。

ゼントゥーラ=ロゥ・ストラ、獣判定は頭頂部の耳だけですけど鼻も獣並です」



まただ。


共に行動してまだ半日、しかし何度かこうして驚かされその度に悪寒が走っている。



「お前の知らないことが逆に知りたくなってきたよ」



「私の知らないことですか?たっくさんありますよ~!

例えば貴方とか、貴方とか、貴方とか!!」



悪寒をねじ伏せてキート町へと駆けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る