旅の始まり


(なんなんだろうこの子……。


ずっと付いてくるけど話しかけてこないし。

こっちから話しかける機会も失って相当気まずいぞ)



中央都市と繋がりのある街へ向けて歩き始めて早5時間。

きっちり15mの間隔を空けてついてくる女の子に龍狩りの剣士は薄ら寒さを感じ始めていた。



(ランヴェルでの戦いから跡をつけてきてるよな……、いや。

たまたま向かう場所が一緒なだけだろう)



少し思いついて剣士は歩を速めた、と女の子も同様に速度を上げてくる。

街道を外れて、しなくてもいい山越えの道へと入るが……。女の子も同様にこちらへと。

どんどん速度を上げて岩や崖を飛び越えていくがずっとついてくる。



(どうなってる……。

あの年で魔法に秀でているとでもいうのか?じゃないとちょっとおかしいよな……。

……そもそも人間なのか?)



そう思うのも無理はない。

追いかけてくる女の子は軽装などではなく、背に自らの背丈を優に超える荷物を背負っているのだから。

薄ら寒さに拍車をかける要因がもう一つある、これのせいで剣士は話しかける機会を失ったのだが……。

彼女はこの5時間、何かを猛烈な勢いで書き留めているのだ。追いかけている間もずっと……。


前も見ずに、だ。



(……怪異か何かなんだったら……叩き切ってもいいよな……)



山の頂上付近の大岩を強く蹴って飛び上がる。

と、案の定対象も飛び上がってきたので、背の剣を抜き放ち迎撃態勢をとった。

こちらの変化を感じたのか綺麗な二度見を決め込んで慌て始めた様子。



「ちょ!!!なんで!!?待ってくださ——」



(なんだただの人か……)



抜き放った剣を収めながら着地し、落下してくる小柄な追跡者を受け止める、多少乱暴に。



「おぐッ!」



「……で?何者なんだ?」



「あ、怪しい者では……!」



「怪しいヤツはみんなそう言う」



腕の先でもがく小柄な女の子。

透き通るような金色の髪が揺れて長い耳が顕となった。


それを見た瞬間、剣士は距離を取る。



「……エルフ、なのか……?」



僅かだが剣士の雰囲気が変わったのを感じ取ったアルアは書物を収めて改めて向き直る。



「部族に連なる者ではありません。

謂わば放浪エルフのようなものです、だからそんなに警戒しないで下さい。

私はただ……、


――貴方を書き留めたいだけなのです!!」



目を輝かせ詰め寄ろうとするが警戒心を一層強めた剣士は更に後ずさる。



「オレを?……書き留めるとはどういう意味なんだ?」



「貴方の全部をこの書に!!全部を!!!!」



膨れ上がった狂気によって底知れない不気味さを醸し出してしまったアルア。

更に詰め寄ってくるのを見た剣士は全力疾走で逃げ出した。



「あ!!ちょっとまッ、――速ッ!?」



剣士の声色と一人称を書き留めつつ追跡の準備を始める。



「私から逃げようとしても無駄ですよぉぉ?えへっへっへ!

貴方の位置なんて魔法ひとつで……」



不発に終わった魔法を訝しみ、詠唱有りで正しく発音する。



「"ヴルトア"。……"ヴルトア"ッ!


……まさか……」



不発になった魔法。

その原因と要因を考察し、とある結論に辿り着くも、それは本人に直接聞くべきだと改める。


眼鏡を掛け直し、魔法に頼らない本格的な追跡を開始した。



「え~っとぉ……ここの地面の配置はっ……と。

確か小石が694個と折れた枝82本。位置が変わってる物は……。

お!助かりますねぇ。地面に足跡残ってるじゃないですかぁ~!」



ものの数分で数十キロの距離を駆けた剣士。

並の怪異よりも薄気味悪さを感じたエルフを撒いて一息つく。



「思ったより消耗が激しい……。やはり実践ともなると勝手が違うか」



幸いにも先の戦闘では負傷もなく、体力、気力が少し削がれたのみ。

しかし今の状態で無茶をすれば魔獣は勿論のこと、魔物にすら遅れを取ってしまうだろう。

目的地である中央都市国家アーヴァンへはまだ二日半ほどかかる見込みだ。


外套を深く被り最寄りの町へと駆ける。



――キート町。

長い旅路を前に行商人たちが腹を満たす小さな町だ。

武装している者は町付の衛兵や行商人が雇った護衛のみ。

こういうところで余計な警戒心を抱かせないために外套がある。


道すがら、適当な宿を探している最中のことだった。



「お前さん、危ねえ匂いさせてんな?」



鋭い指摘をされ動揺を隠せない。

声の方に向き直ってひとつ納得した。


頭頂部の獣耳。


ヴォルフ族だ。



「俺の鼻は騙せ無いぜ?……血と煙、それに……。

こりゃ何の匂いだ?まぁいい。


小さくて静かで、それでいて平和な町だ。

厄介事を持ち込むんじゃねぇよ」



その語り口に敵意は無かった。

純粋な本心なのだろう。


静かに目を伏せ、キートを後にした。


すっかり日も落ちた頃。

更に数十キロ駆けた場所で野営の準備に入る。



「いいや違うさ……、言っても言わなくても同じこと……」



焚き火に向かって独り言ち、葛藤や気持ちに折り合いをつける。

とても大切な時間だ。


やがて夜空を見上げ、自身が屠ったドラゴンの最期を思い返す。


赤黒い瞳が、明星を焼き尽くすが如き真紅へと移り変わり……。

翼を畳んで、浅い吐息が深く深くなっていき……。

猛る炎が、徐々に徐々に緩やかになっていった……。



「……いつかこの刃が、お前にも届くのか。……メヴリヌ」



「メヴリヌって誰ですか?」



――抜剣。

焚き火の向こう側に座っていたを切り捨てる。



「危なぁ……。念のための分身でしたが正解でしたねぇ」



既に不意を突かれた状態でこちらは後手。

得体の知れぬ物に受け身は悪手。


頭上で響く声に全神経を集中させ気配を探る。



「――そこか!」



飛び上がり、木の上で佇む物に剣を振りかぶる、が……。

背筋に走る悪寒に体勢を崩し地面に激突。


咳き込む剣士を覗き込む、――狂気。



「見つけちゃいました、見つけちゃいましたよぉ~えへっへっへ~!」



ニタニタ笑いと吊り上がった口角から垂れるよだれ

エルフには大変似つかわしくない表情を浮かべるそれに、剣士は身震いしたのだった。

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