第28話 王国ハーレムと塗れた邪竜
「えぇ……あっ、黒髪。あれあんたの旦那なんすよね? 何なんすかこれは? 」
「知らないですよ。私に聞かないでください。というか別に旦那では……まあそういう感情がないわけではないですが……これは多分そういうものではなくてですね……」
追って来たシーラと、蹴り飛ばされて戻って来たカスパーは、ヴァイルにキスを交わすソルシエールたちを目にしていた。
「え……? あ、まだ籍入れてないんすね? まあ、何でもいいっす。あんたの旦那はここで倒させてもらうっすよ」
カスパーは腰に巻いてあったナイフをあるだけ全てヴァイルに向って投げつけた。
ヴァイルとキスしていたペルンが片手でそれを全て弾き飛ばす。
「何をやってるんですか? 埋めますよ」
「ナイフが戻っ……ぐはっ……━━あっ、酒が……」
(危なかった……守られたかのか……? いや……仲間割れか?)
倒れたカスパーの腰に付けていたスキットルにもナイフがぶつかり衝撃で遠くに飛ばされていた。
ソルシエールはローブを脱ぎ捨てると物足りなそうにヴァイルに媚び始める。
「ねえ……お前……唇だけのキスも良いけど……やっぱり舌を入れるキスがしたいわ……」
「え? 何で脱いでるんですかソルシエール様?」
(それにしてもこいつらはいったい何がしたいんだ? とりあえずここは一旦言うことを聞いて……)
「ああ……分かった……」
「んんっ……(あっ……やっぱりこれ好き……気持ち良いわ……)」
ソルシエールはヴァイルと濃厚なキスをして舌を絡め合った。
信じられないものを見たような顔でキスを交わすソルシエールを凝視していたイリアはつい独り言を漏らす。
「脱いでそんなエッチなキスを……そういう経験あったんですね隊長……そう言えばその前キスの時も隊長だけ少し慣れた感じでしたし……結婚を邪魔すれば良いのはペルンだけじゃなかったんですね……むしろペルンが色気付いた時の妨害工作に誘おうとまで考えていたのに……まさか私よりモテそうじゃない万年魔法のことしか考えて無さそうな隊長に裏切られるなんて……」
「うわぁ……そういうこと考えてるから出会いがないんですよイリアさん……」
「とても気持ち良かったわ……次はペルンにディープキスしてあげてもらえるかしら?」
「え? 普通、次は私じゃないんですか隊長……?」
「聴こえてたわよ。私のこと……そういう風に見てたのねイリア」
「あっ……いえ……そんなことは……ないですよ……言葉のあやといいますか……」
「ふっ……お先に失礼しますイリアさん。ちゅっ……(れろ……れろ……んんっ……!?)」
イリアを鼻で笑ったペルンはぎこち無い動きでディープキスをした。
初めて経験に耐性の一切無かったペルンは腰を大きく仰け反らせ頭を打つ。
「痛……━━あっ……ソルシエール様、イリアさん何をしているんですか?」
ペルンは頭を打った衝撃でほんの少し理性を取り戻した。
体をビクビクと震わすペルンにソルシエールは抱きつき優しく口付けをする。
「大丈夫なの? 刺激が強過ぎたのかしら? でも、安心して。キスしていく内に段々と気持ち良くなれるようになるわ。練習付き合ってあげてもいいわよペルン」
「んんっ……ソルシエール様……イリアさんも何をしてるんですか? 早く正気に戻ってください」
「一生独身を誓い合った……共に幼少期から剣を振るってきた親友が授かり婚した時から正気なんてとっくに失ってますよ!」
「そういうことではなくですね……」
「だったら何なんですか? もしかして王子様と私のキスを妨害するつもりなんですか? 恋路を邪魔するなんて人として最低ですよ」
(よし……体が動き始めた……さっきキスしていた奴以外からはもう魔力を一切感じないが……万が一もある……キスが終わった瞬間に三人を斬るか……)
ヴァイルはカスパーが投げて落ちたナイフを握った。
勘の良いペルンがヴァイルの殺意を察知する。
「イリアさんが最低なのは知ってますよ。あっ……(これは……どうしましょうか……━━あれ? 剣が握れません……おそらく今も私の心身はこの男に囚われてしまっているということでしょう……ならば……)」
ペルンはソルシエールを抱き抱えると加速を付けて跳び上がり、唇が触れ合う瞬間だったイリアの首根っこを掴んだ。
ペルンはそのまま二人を抱えて走り去っていく。
「きゃっ……あっ……ちょっとペルン……」
「止まってください。何の嫌がらせですかペルン。私の王子様は見つかったんです。もう剣なんて握りたくありません。握るなら王子様の剣が良いです!」
「何を言ってるんですか? このままじゃ殺されてましたよ。お二人とも魔力がもうすっからかんじゃないですか。マーキングはしたんですし、今は逃げましょう」
「別に殺されても構いません。私はもう王子様の剣の鞘なんですよ。王子様に突き殺されるなら本望です!」
「うるさいですね! 暴れないでくださいイリアさん!」
「えっと……あ、愛してるわよお前! 大好きよ!」
ソルシエールはヴァイルに手を振り満面の笑みを見せた。
体が動くようになったヴァイルはナイフを握り狙いを定める。
(待て……逃がすか……走ってるあいつの脚にナイフを当てれば……)
「(何やら騒がしいっすけどそろそろっすかね……幻惑魔法か何か知らないっすけど……隠密魔法をかけ魔力を極限にまで貯めたこのナイフで……)」
死んだふりをしていたカスパーが起き上がり渾身のナイフを投げた。
ヴァイルは咄嗟に反応し、ペルンの脚を狙っていたナイフをカスパーの投げたナイフにぶつける。
「しまった……お前……」
「あ……攻撃の邪魔して悪かったすね……━━あれ? 戻って来ないんすかあの人たち……」
カスパーは豆粒ほどになったソルシエールたちを見て冷や汗を垂らした。
ヴァイルの魔力を高めていく。
「そのようだな……」
「まあ……そうっすね……今から追えばあんたなら追い付けるんじゃないすか? 俺は傭兵なんで人質の価値無いっすよ。じゃあ俺はこの辺で……(あっ……良かった……俺のローブが落ちてるっす……飛んでった酒とあのローブ回収して逃げるっすかね……)」
「大丈夫だ。そもそもあいつら三人よりもお前の方が罪が重い。だから仲間のことは安心しろ。だが、お前はこうだがな……」
ヴァイルはカスパー視線に気づくと、とても良い笑顔でローブに火を付けた。
逃げようとしていたカスパーは絶望顔で灰になっていくローブを見つめる。
「それ高かったんすよ! だいたい何で俺なんすか? 俺あんたにダメージ与えれた記憶無いっすよ。あんたのダメージってほとんどあの魔法師のものっすよね?」
「何を言うかと思えば俺様を竜土塗れと罵倒したのを忘れたのか? 体の傷など大したことではない。力が全ての竜にとって最下層、底辺を意味する……即ち空から落ち泥、土、砂に塗れされられるのは最大の侮辱だ。本来であれば竜は雑魚の一言で殺し合いになるところだが……寛大な俺様をそれを人間の戯言として許してやっただろう? なのにも関わらず俺様を竜と知ってこの侮辱……到底許されるものでは……」
「ちょっと待って欲しいっすよ。多分俺は血塗れって言ってたと思うっすよ。それにあんたが竜とかそんな厨二病設定知らないっすよ」
「俺様が転生者と同じだと……はははははは。とことん俺様に喧嘩を売りたいらしいな。お前の目の残穢……魔眼持ちなのは分かっているんだぞ。どうせその魔眼で俺の正体を知ったんだろう?」
「いやいや……そんな良い魔眼持ってないっすよ。俺のは呪力が見えるだけっす。あんたが仮に竜だとしても分からないっすよ」
「俺様には嘘は通用しないぞ。【嘘発見眼】ほら、もう一度言ってみろ。本当は竜について詳しいんだろ? それでつい俺様に言いたくなってしまったと……そういうことだろ?」
「いやだから本当に知らなかったんすよ。竜のことなんて国が滅ぶような天災ぐらいのイメージしかないっすよ」
「ん? あっ……嘘じゃなかったのか……紛らわしいこと言いやがって……まあ良い……死で許してやる」
「そんなのって無いっすよ……悪いけどまだ俺は死ねないんす……(━━この辺にナイフと酒があったはずなんすけど……)」
カスパーは逃げながら酒とナイフを探した。
どさくさ紛れて裏から回って来ていたシーラがカスパーに酒を見せびらかせながら声を掛ける。
「お酒を探してるんですか? それともナイフですか? ごめんなさい。全部回収させてもらいましたよ」
「うげっ……黒髪……その酒、渡すっすよ」
「ラアナたちに酷いことした人の言うことなんて聞くわけないじゃないですか」
「はは……酒まで失うなんて散々っすね……それじゃ、さよならっす」
「ざまあねえな。待てお前……な? 脚が……追うのは厳しいか……それなら魔法で倒すまでだ……」
「ひえ~何でこんな目に……ローブは燃やされるっすし……あの酒、飲みたかったすよ……」
(魔力がそろそろ切れるな……他に何か……この剣は……)
ダメージが蓄積していたヴァイルがふらつき片膝を付いたヴァイルは逃げる魔法を撃ちまくった。
魔力が尽き始めたヴァイルはイリアが置いていった剣を投げ飛ばす。
「待て! お前は俺様に逃げるなと言っていたよな? 逃げるな!」
「逃げるに決まってるじゃないないすか! え? ━━ぐおっ……剣が尻に……」
「ギャハハハ。まるで虫けらのようだな。あっ、おい、待ちやがれ!」
穴に剣が刺さったカスパーは穴を突き出し芋虫のように這い回りながら逃げていった。
カスパーに逃げられたヴァイルは呪詛を吐く。
「逃げられたか……次にあった時は竜に戻り、天高くから叩き落としてやるからな。覚えておけよあいつ……」
「ヴァイルさん……ヴァイルさんって本当に竜なんですか? あなたはいったい何者なんですか……?」
「ああ、そうか。お前もいたのかシーラ……まあバレてしまっては仕方ないな……そうだ。俺様は空の覇者にして最強の竜……ヴァイル・ウラノスだ。平伏せ人間ごときが……」
シーラはスキットルを怯えるように抱き抱えてナイフを構えた。
ヴァイルは最強などと平然と嘘をつき、汚い笑顔で偉そうに顔を空に向け、シーラを見下した。
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