第25話 邪竜VS王国最強魔女〜参〜もう魔法が使えなくなっても

「おい、手をどけろ秀才。キス出来ないだろ?」


 ヴァイルは弱々しく邪魔をしていたソルシエールの手を掴み、地面に付けた。

 抵抗はしたという自分自身への言い訳を作れたソルシエールはヴァイルに脚を絡めていく。


「もう……仕方ないわね……(あっ……んんっ……キス……やっぱり気持ち良いわ……それにこの気持ち……私……こいつのこと……)」


(傷が癒えていく……体の芯から温まる感覚だな。魔法を使っている気配は感じられないが……こいつの魔法の効果で間違いないだろう……特筆すべきは魔法の効果よりも魔法自体の隠密性だな……これを攻撃魔法に応用すれば……)


 ━━ソルシエールは魔法を使っていない。ただキスをしていただけである。

 ヴァイルの体の回復は転移者、稲妻雷葉に飲まされたクリューソスが作った薬によるものであった。

 勘違いしたヴァイルは空を見上げ汚い笑みを浮かべるとソルシエールを見て手を差し伸べる。


「好き……え……? もう終わりなの……? まだキスしていたいわ……」


「おい、秀才。お前、俺様のものになれ。」


「━━あっ……今のは忘れなさい……お前のものになんてなるわけないでしょ……キスされたぐらいで好きになるようなチョロい女だと思ってるのかしら?」


「え? ああ……あれだろ? 民というのは国のものということだろ? そもそも儀式のために国は手にしたかったしな。せっかくだしお前の国ごと俺様のものにしてやる。案内しろ。お前の国はどこにあるんだ?」


「は? そんなの教えるわけないでしょ。国を売るようなものじゃない……それに国を落とされたとしてもお前のものにはならないわ……」


「教えるつもりはないと? 拷問を耐えれば良いと思っているなら考えが甘いぞ。その気になればお前の意思に関わらず情報を吐かせることも出来るからな」


 ヴァイルはソルシエールの顎を持って顔を向けさせた。

 ソルシエールは息を荒くして目を逸らす。


「そうね……お前ならそれぐらい出来るわよね……キスだけで、あそこまでぐちゃぐちゃにされたんだもの……拷問ならともかく……そういうことをされたら私ではとても耐えられないわよね……」


「さっきまでの威勢はどうした? 随分と弱気だな。俺様は全てを手に入れる主義だが……ここはお前を尊重してどちらかは見逃してやろう。国のために忠義を捨てるか。忠義のために国を捨てるか。さあ、選べ」


「選べって言われても……選ぶことなんて出来ないわ……」


「そうか……せっかく情をかけてやったと言うのに……ならば強引にでも話させてやる。この手は使いたくなかったが……」


 ヴァイルはスキルを発動しようとした。

 勘違いしたソルシエールは疼く身体と女の表情を必死に抑えてヴァイルに縋り付き、上目使いで懇願する。


「待って! くっ……分かったわ……話すわよ……だから……お願い……私の心と体を弄ぶのは……やめてくれないかしら……あんなに気持ち良くて……幸せなのをまた教え込まれちゃったら……次は自分を保てる自信がないわ……」


「へ? ん……? それじゃあ……話して貰おうか」


「分かったわ。でも、先に言っておくけど、これはお前に諦めて貰うために話すのよ。別にどっちを選んだという訳ではないわ。そこは勘違いしないでよね」


「諦めて貰うだと? ハッタリなら辞めておけよ。俺様に嘘は通用しないぞ。【嘘発見眼】」


「嫌らしいスキルね……嘘なんてつかないわよ。私は王国の王女に仕える宮廷魔導士よ。王国は今、帝国に狙われて国家存続の危機にあるの。だからお前が王国を乗っ取っても意味なんか無いわ」


「(嘘は無い……)なるほどな。王国は帝国と戦争中ということか?」


「いえ、その準備期間と言ったところかしら。帝国であっても転移者は他の転移者保有国の目もあってそう簡単には使えないわ。だから嫌がらせをして内部分裂を起こさせ、侵攻と転移者使用の大義名分を得るのが狙いでしょうね……だから王国にはお前を相手する余裕も、私が抜ける余裕も無いのよ……これで分かってもらえたかしら……?」


(クソが……ふざけるなよ帝国……竜に戻ったら真っ先に更地にしてやる……)


「つまりは泥舟ということか……この世は弱肉強食だ。強いものが繁栄し、弱いものは淘汰される。お前はこのまま敗者となって国と心中するつもりなのか?」


「私だってもう王国に未来が無いのは分かっているわよ……だからって、王国が帝国に滅ぼされるのを指を加えて待ってることなんて私には出来ないわ」


 ソルシエールは【瞬間移動】を発動し、ヴァイルと距離を取った。

 二人の魔力が高まっていく。


「まだやるつもりか? 諦めの悪い奴め」


「私が勝ったらお前は私のものになってくれるのよね?」


「ん? ああ、良いだろう。だが、その傷でどうやって勝つつもりだ? 出来もしないことを言うものではないぞ」


「単純な魔力効率なら私の方が上よ。勝機ならあるわ」


 二人は魔法が衝突した。

 互いに魔法を撃ち合いその度に魔法が相殺される。

 最初こそ体の火照りによって魔法の操作が鈍くなったソルシエールであったが、戦闘の中で魔法の操作を取り戻していく。


「(体の疼きもマシになってきたわね……これで魔力の制御も大丈夫……後は奇襲さえ気を付ければ……え? くっ……)」


 ━━だが、先に相殺し損ねてダメージを負ったのはソルシエールであった。

 先ほどの戦闘とは相反し、ソルシエールが段々と傷付いていく。

 意趣返しに成功したヴァイルは自慢げに話し始める。


「どうだ秀才。これが才能の差と言うものだ。お前の魔法陣への魔力の注ぎ込み方を魔法で再現したと言ったら分かるか? 結局を魔力を注ぎ込む魔法に魔力を使うから魔力効率が覆るわけではないが、俺様の魔法陣と魔力出力を見て相殺していたお前には厄介な魔法だろ? お前の観察していて気が付いたが、お前は魔法を使う時注ぎ込み方によって親指と人差し指……特に脇の締め方が変わるからな。よく脇が見える時ほど威力重視で……」


「うるさいわね! 分かってるわよ!」


「……」


「お前に言われなくても、もう解析は終わっているわ。その小さい魔法陣……私の魔法の発動の仕方をパターン化した数種類の魔法を、状況に合わせて使っているのよね? でも、魔法での再現ということならまだ柔軟性で負けたわけじゃないわ。わざわざ私の癖なんて言わない方が良かったんじゃないの? (それはそうと……どこ見てるのよ……変態……)」


「ふっ……問題無いさ。バレても困らない情報だからな。それじゃあ、この魔法も使わせて貰うとするか《視覚共有》」


「いつの間に……魔法陣を……」


 ソルシエールの背中に付けられていた魔法陣が光り始めた。

 ヴァイルはソルシエールの死角から懐へと入り込む。


「そんなのお前とキスしている時に決まっているだろ。戦闘中だというのに警戒を解きすぎだったぞ」


「きゃあ……」


 ヴァイルはソルシエールの目を殴ると腹に膝蹴りを食らわせた。

 ふっ飛ばされたソルシエールは朦朧とした意識で立ち上がる。


「私がキスで気持ち良くなっている間に付けるなんて汚いわね……うっ……左目が……でも、まだ負けてないわよ……」


「勝負に汚いも何もあるか。勝利こそが全てだ。もう諦めろ。ふらついているぞ。勝負は付いた。お前は今から俺様のものだ」


「そんなこと……あれ? もう体が動かないわ……くっ……━━無理は承知よ……お願い……私も王国も見逃してくれないかしら……」


「何を言い出すかと思えば……弱者に選択権など無い。それはお前も分かっているだろ。お前はラアナに許可を取ったのか? ラアナに命乞いをされたらそれを受け入れたのか? 」


「それは……ふふふ……そうよね……私がやってることは帝国と……魔族と同じよ……そんなことは分かっているわ……」


「哀れだな。もう王国のことなんて忘れてしまえ秀才。何なら俺様が忘れさせてやろうか?」


「へぇ……それは良いわね……全てを忘れて……お前と一緒に快楽に溺れる……それが一番幸せなのかもしれないわね……でも、ここで止まれば師匠たちの犠牲が無駄になるわ。師匠たちがしていた転生者召喚を受け継ぐと決めたのは……外道に落ちても王国を守ると決めたのは私よ。だから私に全部を忘れて幸せになる資格なんてもうないのよ」


「ん? 俺様と快楽に溺れるってどうい……」


 危険を察したヴァイルが咄嗟に身構えた。

 ソルシエールの呪力が跳ね上がり、影響を受けた周囲の木々を歪ませる。


「永遠、破滅、ヒンノムの谷、生涯の魔力と引き換えに我、ソルシエール・テレーズがゲヘナをここに顕現す」


 ヴァイルの足元が炎に包まれた。

 周囲の大木を一瞬にして溶かしたそれがヴァイルへと襲いかかる。


(しまった……こいつ……俺様の《ヘルフレア》に似た魔法か……人間でありながら竜並の魔法を……このままでは数秒もせず溶け死ぬ……代償が大きくなるが仕方ないか……)


 ヴァイルは無詠唱で呪術を発動し強化した【消失】でソルシエールの生み出した炎を跡形も無く消し去った。

 命の危機から逃れたヴァイルは得意げに口を開く。


「残念だったな。付け焼き刃が仇となったか。十分だった火力をもう少し早さに割り振っていれば、俺様が無詠唱で発動するよりも早く消し炭に出来たものを……具体的に何が消えたかはまだ分からないが、お前の一生分の魔力はせいぜい俺様の適当なスキル程度の価値でしかないということだ。しかし、勿体ないな……どうせ負けるというのに無駄な犠牲を……」


「あれで勝てるとは思ってないわよ。やっぱり魔力を纏うのをやめたわね。お前なら油断してくれると思ったわ。本命はこれよ」


 瞬間移動したソルシエールはヴァイルに抱き着いた。

 ソルシエールの体に刻まれた術式が光り始める。


「これは……」


(こいつ自体が魔導書ということか……だが、魔導書のようなあらかじめ作っておいた魔法は威力や精度が大幅に落ちる……魔力で守れば問題な……あれ? 魔力が使えな……)


 ━━ヴァイルの魔力はクリューソスの薬の副作用によってすでに燃え尽きていた。

 ソルシエールはヴァイルに悲しそうに笑い掛ける。


「道連れにしてあげるわ。ちゅっ……好きよ……初恋だったわ……本当はお前と一緒に……」


「は?何を言って……? ぐわああっ……」


 魔力無しで爆発に巻き込まれたヴァイルは吹き飛ばされ情けなく転がっていった。 


「起きてくださいヴァイルさん」


 気絶したヴァイルに近づいてきたシーラが呼び掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る