第22話 キス癖少女は見せ付ける

「きゃっ……ヴァイルさん囲まれちゃったみたいです……」


「大丈夫だシーラ。魔力の回復した俺様であればこの程度どうにでもなる」


 シーラに抱き着かれていたヴァイルは魔力を高めて笑い掛けた。

 棒立ちしていたカスパーとイリアは構えて口を開く。


「おっ、確かに魔力が増えてるみたいっすね。でも、それが何だって言うんすか?」


「魔力なんてどうでもいいです。それより、あなたたちは何のためにキスなんかしていたんですか? これは何の辱めなんですか……?」


(辱め……? まあ……確かに……下等生物である人間に姿を変え、その人間と口の中を互いにペロペロし合って魔力を回復したことは、流石の俺様でも思うところが無いわけではないが……竜によっては憤死ものだろうしな……おそらくこいつ……思考……いや、感情程度が読めるスキル持ちか? それなら……)


「何のためにキスと言われてもキスはキスだが? 恥だろうが何だろうが、最後に勝てばそれで良いだろ? 少しは我慢を覚えたらどうだ?」


 ヴァイルは脳に魔力を回して感情を抑制し、そう答えた。

 ヴァイルの強がりを深読みしたシーラは恥ずかしがりながら、見せ付けるようにヴァイルと軽く唇を重ねる。


「 (なるほど……おそらくヴァイルさんは私が魔法で補助できると思われると優先的に狙われる危険があるから誤魔化しているんですね。)キスに何のためと言われても愛し合うためですとしか言えないです。ですよねヴァイルさん?ちゅっ……ちゅっ……」


「そうだな……シーラ……愛し合……」


「ヴァイルさん……もっとしたいです……」


 メスのスイッチが入ったシーラは、ヴァイルの口に舌を突っ込んだ。

 ヴァイルはとりあえずシーラを抱き締めて舌を絡める。


(もういいだろ……何なんだよこいつ……それにしてもキスとは変な感覚になるな。しかし、俺様は……いったい何をやっているんだろうか……)


「はぁ……はぁ……ヴァイルさん……キスって本当に気持ち良いですね……私……癖になっちゃいました……」


 キスを終えたシーラは舌を出して可愛らしい笑みを見せた。

 突然キスを始めた二人を見たカスパーは引き気味になり口を開く。


「何を見せられてたんすかこれは……まあ……その……あんたらそういう関係だったんすね……それならなおさら、金髪は諦めて今すぐ逃げるのをおすすめするっすよ。夫婦仲良くおっ死ぬなんて嫌っすよね? 人生、諦めた方が良いこともあるっすよ」


「━━私は騎士として幼少期からずっと剣を振るってきました……男性と関わる機会は皆無で私は未だにキスどころか手を繋いだことすらありません……」


「え? あんた、急に語り始めてどうしたんすか?」


「我慢と言ってましたが……これでも我慢してきたつもりなんですがね……今はまだ、その時が来ていないだけで、私もいつかは白馬の王子様が迎えに来てくれると信じていました……しかし、先輩同期はおろか後輩まで婚約をしていき……」


「え? あ……そういうつもりでは……リューゲさんより悲惨な人っているんですね……」


「アクシデントとはいえ、今回の合流は楽しみにしていました……男性が一緒だと聞いていましたから……でも、来たのはこんなのです……こんなの……」


「そりゃ悪かったっすね……こんなので……」


「もう諦めるしかないのですかね……くっ……よくも目の前で見せ付けイチャラブキスなんかして……そんな私を辱めてくれましたねあなたたち! 私だって手を繋ぎたかったしキスもしたかったです! カップルは一組残らず斬り殺します!」


(辱めってお前の話かよ。脳に回してた魔力返せよ)


「やっと見つけたわ金髪たち」


「あっ……ソルシエール隊長……聞いてたんですか……?」


 イリアは涙目になり、ソルシエールに問い掛けた。

 部下の醜態を見てしまったソルシエールはとても気不味そうに目を逸らす。


「労働環境の改善は考えておくわイリア……」


「ははは……ありがとうございます……」


 イリアは乾いた笑い見せ、場が重たい空気に包まれた。

 ヴァイルは気にせず口を開く。


「来たか。マキシムが世話になったな。」


「私にやられた大剣使いの名前かしら? お前もあの男みたいになりたくないなら金髪をこちらに渡しなさい」


「俺様がそんな脅しでラアナを渡すと本気で思っているのか? まあ良い。せっかくだ。少し話をしないか?」


「話? 話すことなんて何も無いわ。それなら力尽くで奪うまでよ。命までは取らないであげるわ」


「お前らの目的……転移者召喚だろう? 違うか?」


 ソルシエールの魔力が歪んだ。

 それを見たヴァイルはニヤリ笑い、問い掛ける。


「その反応……やはりそうか。呪力の高い人間を贄にすることでの転移者を召喚。ラアナはそのための贄として狙われたという訳か。そういえば帝国は三十人以上の転移者がいると聞いたが、いったいどれ程の人間が犠牲になったのだろうな?」


「さあ……帝国のことなんて私に聞かれても知らないわ……それで、お前は何者なのかしら?」


「名乗って欲しいならまず自分から名乗るんだな。とはいえ、お前らの正体も察しがついているけどな。お前らはこの大樹林を超えた先にある何れかの国の軍の人間だろう? 膨大な人間を犠牲にする転移者召喚は転生者の作った人権宣言に反する行いだ。発覚したら大問題なのは間違いない。転移者召喚のような大規模な魔法を隠蔽出来るとなると、国家規模は必要になってくるだろうからな」


「え……ヴァイルさん……? どういうことなんですか……? ラアナが贄? 帝国もそんなことをしてるんですか? 転移者召喚っていったい……」


「軍事力ひいては国力に直結するんだ。人道を外れようが多かれ少なかれ、帝国に限らずどこの国も裏で同じようなことはしているだろうな。贄というのは……そうだなシーラ……魔力というのは万能の力だ。膨大な魔力と正しく術式の刻まれた魔法陣があれば理論上不可能なことは無い。だが、実際には魔力不足、魔力ロス、魔法陣の不備等、他にも多くも要因が絡み合う。それらを強引に解決するのがラアナのような呪力の大きな人間。つまりは贄の役割だ」


「そうなったらラアナはどうなるんですか……? やっぱり死んじゃうんですか……?」


「勿論、死ぬだろうな。というか死なないと魔法は成功しないだろう。転移者召喚はおそらく多くの魔法師が共同で魔法陣を生成し、ラアナのような大きな呪力を持った人間が大勢の人間を道連れにすることで発動している。道連れにすることで他の人間を大きな呪力持ちの命の一部としか扱うことが出来るからな。そうすれば才の無いものでもそれなりの魔力にはなる。ラアナのような道連れにする贄の母体が召喚の大きな役割を担うというわけだ」


「でも……ラアナがそんな力があるなんて……聞いてないですよ……何かの間違いなんじゃ……」


「まあ、疑うのも無理はない。呪力は普通の人間には見えないからな。日常生活の中で気がつくことは皆無だろう。実際、俺様も【心音反響】で気がついた。そもそも人間にとっての魔力のように素で呪力を見ることが出来るのは魔族だけだからな。というのも呪力を使う呪術とは本来、魔族が人間を捕らえて贄としエネルギーを取り出すためのものだったからな。人間と魔族が長年戦っているのもそれが理由だ」


「凄いっすね……よく知ってるっすねそんなこと……これどうするんすかあんた……?」


「ソルシエール隊長……私は呪力とかあんまり理解していないんですが……生かしておいては不味いんじゃ……」


「そうね……何者であれここまで知っている以上殺すしかないわ……お前はどうせ時間稼ぎのつもりだったんだろうけど逆効果だったわね。【隠密結界】」


 ソルシエールは魔法を発動し一帯が結界に包まれる。


「なんだ。バレていたのか。これは結界魔法か?」


「そうよ。これでもうお前の仲間は助けに来れないわ」


(遅いな……まあ、マキシムが呼んだ応援だ。当てにするだけだ無駄だったか……出来ればこの魔力も使いたくなかったんだが仕方ないな……━━いや……待て……)


「本当に仲間は来ないのか?」


「当たり前でしょ。隠密魔法を結界に付与しているんだから相当近くに来ても見つかることなんてないわ。もう諦めさない。楽に殺してあげるわ」


(マキシムの応援は来ない。あの女たちは全員倒せる。それなら残る不安要素は……もうこいつだけか……)


「ぐふふ……ふふふ……ふはははははは。それなら俺様はもう人間のふりをする必要はない訳だ」


 ヴァイルは馬鹿笑いして空を見上げる。


「ヴァイルさん……? どうしたんで……うっ……」


 心配したシーラのお腹にヴァイルの拳がねじ込んだ。

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