第20話 儚げ少女は落とされる

「それで私はどうすれば良いんですかヴァイルさん?」


(こいつにはあまり期待していないが……せめて半分ぐらいは魔力を回復させて欲しいものだな)


 シーラはヴァイルの魔力の回復方法について問い掛けた。

 ヴァイルは表情を直し口を開く。


「そうだな。シーラには俺様の魔法を一つ覚えてもらう」


「魔法ですか? でも、私……魔法なんて……」


「大丈夫だ。覚えてもらうと言っても練習は必要ない。シーラに俺様の魔法の記憶を送るだけだ。頭に触れるぞシーラ」


「え……? はい……」


「【記憶共有】━━どうだシーラ? おそらく成功したはずだが……」


「ヴァイルさん……鼻血が……大丈夫ですか?」


「ああ……大丈夫だ気にするな。スキルを使うと時々が反動が来るだけだ。それより何か魔法が頭の中に浮かんでこないか?」


「えっと……《ブラッディキッス》であってますか……?」


「ああ、それでは合ってるぞ。それはヴァンパイアが眷属を作る時に使う魔法だな。ヴァンパイアをペットとして飼ってたことがあってその時に……」


(そう言えば奴隷は禁止だったな。吸血鬼も人型だったしペットというのはヤバいか……?)


「ヴァンパイアをペットに……?」


 シーラは首を傾げそう呟いた。

 ヴァイルは転生者の記憶から言い訳を探す。


「━━その……そういうプレイというか……何だっけSMとかそういう……」


「プレイ……? えっと……あっ……そういう……コスプレの時に使う魔法みたいな感じですかね……? マカさんがそんなことをハロウィンの時に言っていた気がします……ヴァンパイアって確か遥か昔に滅びたっていう魔族でしたよね……?」


 シーラは意味を理解すると顔を赤くしてしどろもどろになって話した。

 ミスをしたヴァイルはまたしても転生者の記憶を探る。


(滅びた? ヴァンパイア絶滅したのか……また言い訳を考えなくては……)


「━━実は俺様もあまり分かってないんだ。というのも、それは俺様の中二病だった親友の魔法だからな。ヴァンパイアを飼っていたという設定も俺様じゃなくてその親友の話なんだ。あいつは良く王女とかいうのと交尾をしていたからな……━━クソ……今、思い出してもムカついてくるな……青き竜に敗北した俺様が、療養のために逃げ隠れていた山に、毎日毎日王女を連れて来ては、大声出して交尾しやがって転生者……」


「中二病……?よく分かりませんが……その友人さんと喧嘩でもしたんですか?」


(心の声が漏れていたか……危ない危ない。そうだ魔法を教えて貰ってすぐに死んだことにするか。それなら俺様がよく知らなくてもおかしくはないはずだ)


「え? ああ、そんな感じだな。ともかく、その魔法は教えってもらってすぐに、その親友が白い竜にボコボコにされて見るも無惨に絶命しちゃってな。フハハハ。だから俺様にも分からない部分があるんだが……まあ、そういうものだと思ってくれ」


「親友さん……竜災にあったんですね……ご愁傷さまでした……」


「気を使わなくて大丈夫だぞ。むしろ死んだことを笑ってやってくれ。そっちの方があいつも良い顔するはずだ。それで、その《ブラッディキッス》はさっきも言った通りヴァンパイアが眷属を作るための魔法なんだが、具体的には発動すると魂と魂が連結され、この魔法を使われた方の魂が使った方の魂に影響を受けて変化してしまうというものだ。ここまでは理解出来たか?」


「うーん……やっぱり魔法って難しそうですね……私に出来るんでしょうか? 魔法陣が思い浮かぶんですが最初の方は何となく分かっても最後の方が全く分からなくて……」


「それで大丈夫だ。《ブラッディキッス》がそういう魔法というだけで最後まで発動する必要はない。重要なのは魂と魂を繋げるというプロセスにあるからな」


「なるほど。私の魂とヴァイルさんの魂を繋げて魔力を送るってことですね?」


「そうだ。理解が早いなシーラ。それではさっそく頼むよ」


「分かりました。それでは使ってみますね。あれ? もしかしてこの魔法……使うにはキスしないといけなかったりします……?」


「ああ、そうだな。何か問題でもあるのか?」


「え? いや……それは……その……私……初めてなので……」


 シーラは唇を指の軽く触れ、顔を真っ赤に染めてそう呟いた。


「ん? 記憶を送ったから初めてでも体は魔法を覚えているはずだ。そんなに身構えなくても大丈夫だぞ」


「その……そういうことではなく……」


(早くしやがれ。最初の方は理解出来たって言ってだろ。こいつ、こんな簡単な魔法も出来ないのかよ……仕方ない。呪術を使うか。特殊な魂を持つヴァンパイアだから眷属化が成立している魔法だ。竜の時ならその程度の問題どうにでもなっただろうが、今の俺様では扱えはしないだろう。そもそも眷属を作ることもないだろうしな)


「我記憶を贄に洗礼を受けよ【記憶共有】」


「えっと……何をしたんですか?」


「俺様が《ブラッディキッス》を使えなくなる代わりシーラの記憶にあるの《ブラッディキッス》の重要な部分だけを残し簡略化したんだ。その魔法は本来の眷属化の効果を失い、俺様とシーラの魂を繋ぐだけの魔法になったということだな。これでもうキスするだけで発動するはずだ」


「いや……その……魔法というより……キスが問題なんですが……え? でも、この魔法って親友さんの忘れ形見なんですよね? 使えなくなって本当に良かったんですか……? 私たちのために何でそこまで……」


(設定をミスったな……シーラから見ると、俺様が親友の忘れ形見を躊躇なく捨てたように映ったのか……? やはり人間のふりは難しいな……)


「━━美少女は助けるものなんだろう? 俺の親友はいつもそう言ってたからな。シーラは美少女なんだから助けて当然だろ?」


「へ? 美少女って……お世辞は大丈夫ですよ。ふふ……でも、ありがとうございます……もう……私まで落とすつもりなんですか……?」


 シーラは照れながら小声で呟いた。

 上目遣いで見つめてくるシーラにヴァイルは優しく笑い掛ける。


「謙遜なんてしなくて良いぞ。もっと良く顔を見せてくれシーラ」


 ヴァイルはシーラに顎クイをして至近距離で呟いた。

 シーラは理性が飛ばないように何とか耐えようと歯を食いしばる。

 

「ひゃっ……あの……ヴァイルさん……? はぁ……はぁ……二人の気持ちが分かりました……これは好きになっちゃうのも仕方ないかもしれないですね……自分が抑えられなくなっちゃいます……」


(さっきからよく分からないことを……それにしても一応は顔を近くで見てみたが、やはり人間の顔は分からないな……多少は慣れたがそれでもみんなほとんど同じに見えるんだが……)


「ああ、やっぱりシーラは美少女だな。とても可愛らしいぞ」


 ヴァイルは覗き込み、甘い声で呟やいた。

 シーラの理性はついに崩壊し、ヴァイルに抱き着く。


「ごめんなさい……もう無理です……好き……好きです……ヴァイルさん……私たち今からキスするんですね……私の初めて貰ってください……みんなで無事に帰れたらその時は……私のここも……女の子の大事なところの初めても……良かったら貰ってくださいね……」


 シーラは目をハートにしてメスの顔になり、手で作ったハートを下腹部に添えて見せ付けた。 


(くれるってもしかして金のことか? いや金品の可能性も……ここはもっと褒めておこう)


「ん? ああ、綺麗だよシーラ。マカがマキシムのことを良い男だと言っていたからな。つまり顔が似る家族も同様。その妹のシーラも美少女になるというわけだ」


「綺麗って……もう……嬉しくて蕩けちゃいま……え? それ、褒めてます……?」


(あれ? 何か変なこと言ったか?)


「ああ……勿論……」


「そうですか……それなら今のは聞き流してあげますね。だから、もっと綺麗とか可愛いとか言ってくだ……」


「グハッ!」


 爆発音がすると少し遅れて、困惑した様子のシーラとヴァイルの近くにソルシエールに吹っ飛ばさたマキシムが落下した。

 マキシムが二人に白目を剥いて気絶した酷い顔を見せつける。


「何の音だ? 何か落ちて……」


「ひゃっ……え? クソ兄貴……」


(逃げて来たのか……? あの女の気配はない。よくあれ相手に巻けたものだ)


「一応生きてはいるみたいだが……酷いナリだな……ただ、合流出来たのは幸いか」


「生きてたんですねクソ兄貴……本当に良かったです……それはそうと……私……あああぁぁぁ!」


(え?おい叫ぶなよ! どういうつもりだシーラ……)


「ちょっと……静かに……」


「お世辞だって分かっていたんです……分かっていたはずなのに……舞い上がっちゃったんです……私の痴態は……忘れてくださいヴァイルさん……お願いします……」


 ヴァイルのズレた褒め方とマキシムの醜態を見てついに理性を回復したシーラは死んだ魚のような目で捲し立てた。

 マキシムの落下音とシーラの叫び声で気づいたカスパーとイリアが向かって行く。


「あれ? 何かあっちから叫び声したっすよ。こっちで声が聞こえたとか言ってたっすけどやっぱり間違いだったんじゃないすか? 」


「聞き間違ったはずはないと思いますが……」


「じゃあなんで見つからなかったんすか? 無駄に走り回って体が痛いんすけど。これ俺の責任じゃないっすからね。報酬減らされても困るっすよ。あんたの責任っからね」


「くっ……そんなに痛いのが嫌なら楽にしてあげますよ。その首落としてあげましょうか?」


「ひえっ……剣を構えないで欲しいっす。冗談になってないっすよ」


(シーラ……こいつ……)


 ヴァイルは冷たい視線をシーラに送った。

 またしても敵を誘き寄せたシーラは涙目になり口を開く。


「あっ……ヴァイルさん……二人が来てます……どうしましすか……?」


「マキシムがあの女を巻いて戻って来てくれたんだし、後はあいつらを倒してマキシムが呼んだ味方と合流すれば良いだけだ。少しだが魔力は回復した。シーラの魔力を貰ってもいいがあの二人なら問題ないだろう。行ってくるシーラ」


「ヴァイルさん……お気をつけて……」


(ふっ……勝った……フハハハハ。あの女が来ないならもはや魔力を回復する必要も無い。ラアナはもう俺様のものだ!)


「━━よお、雑魚ども」


 ヴァイルは一人で二人の元へと向かって行き、清々しい笑顔で声を掛けた。

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