第18話 朦朧少女は愛を知る

「うおおおお!」


「きゃー」


 マキシムが大剣を振るい、体勢の崩れたペルンを吹っ飛ばした。

 ヴァイルは剣を抜きイリアに斬り掛かる。


「ともかくラアナの仇は取らせて貰うぞ」


「あなたたちが来るまではあのお嬢ちゃん、蹴りを入れるぐらい元気に暴れてましたけどね……」


 同じく剣を抜いたイリアはヴァイルの攻撃を剣で受け流した。

 シーラは頭から血を流し倒れていたラアナに近寄って行く。


「ラアナ……大丈夫ですか……?」


「あ……」


「ラアナどうしたんですか? 何か言いたいことがあるんですか? 」


 ラアナは混濁した意識で口を動かしていた。

 シーラは泣きそうになりながら耳を傾ける。


「いっぱい……」


「うぅ……確かに血は……いっぱい出てますけど……気を強く持ってください。死んじゃ嫌ですよラアナ!」


 シーラは涙目でラアナに縋り付いた。

 ラアナはたどたどしく話始める。


「いっぱい出したんだねヴァイル……えへへ……お腹熱いよヴァイル……」


「はい?」


「え? ヴァイルまだしたいの……? うふふ……いいよ……私の初めてを奪ったそれで……また、気持ち良くして……」


 ラアナはとても幸せそうな蕩けた表情を見せた。

 シーラはゴミを見るような目でラアナを見ると感情の無い声で二人に報告する。


「……良かったです。大丈夫そうですね。ヴァイルさん、クソ兄貴、ラアナは無事みたいです。」


「そうか。無事で良かった。それなら後はお前たちを倒すだけだな」


 ヴァイルの横斬りとイリアの縦斬りが衝突する。


「あなたたちには申し訳無いですが……あのお嬢ちゃんは貰っていきますよ」


「俺様から奪うだと? 笑わせる」


 ヴァイルは剣を持つ力を緩めると同時に体をずらした。

 急に力を抜かれ体勢を崩したイリアの顔にヴァイルは拳を食らわせる。


「え? きゃっ……」


(ん? 思ったより威力が……どうやら魔力の調子が悪いみたいだな。)


「目を狙ったつもりだったんだが……まあ良い。隙だらけだ……━━ん? これはナイフ……? チッ、邪魔しやがって」


 一瞬にしてイリアの懐に入り込んだヴァイルは、何とか復帰したカスパーの投げナイフで元の位置へと戻される。


「これで少しは汚名返上ってことでいいすかね? まあ、そもそもミスは俺じゃないんすけど……」


「あなたも生きてたんですね。てっきり、馬車に轢き殺されたと思ってました」


「勝手に殺さないでほしいっすよ……あっ、そこの白髪のあんたには悪いっすけど、追い剥ぎやババアの八つ当たりも兼ねてボコボコにされてもらうっすよ。このままじゃ報酬も減らされそうっすからね」


「雑魚どもがイキがるなよ。雑魚というのはいつもそうだ。威勢が良いのは最初だけ、直ぐに屁っ放り腰で逃げ帰る。まあ、俺様は優しいからな。今すぐ逃げ帰るなら許してやるぞ」


「この人と一緒にしないでください。私は騎士です。逃げるなんて情けない真似をするなら死を選びます」


(あの男……そう言えばどこかで……ともかく二対一か。魔力の調子が悪いのは懸念点だが……まあ、この程度の奴らなら何の問題も無いか。ふっ、マキシムと戦ってる奴らも入れて四対一でも余裕そうだ。やはり人間は弱いな)


「お前たちが命乞いをして惨めに逃げ帰ろうとする姿が目に浮かぶぞ。剣に回してるその魔力。脚に使ったほうが良いんじゃないか?」


 三人が構え、膠着状態へ入る。

 ペルンを倒したマキシムは次にソルシエールへと斬り掛かる。


「良かったわ。あの金髪生きてたみたいね」


「それは良かったぜ。だが、だとしても許せねえぜ、ねえちゃん」


「……大丈夫よ。許されるなんて思ってないわ……許されたいとも思わないわ」


 王国最強の魔法師が魔力を解放した。

 ヴァイルは剣をカスパーとイリアの中間あたりに投げ付ける。

 二人は剣に引き付けられ、一瞬だがヴァイルから視線が逸れる。


「(剣を投げた。奇襲ですか……?)━━え?」


「はは、流石にノーコン過ぎじゃないっすか、あんた? ━━へ? 逃げるつもりっすか?」


 二人の視線を外した隙にラアナたちの方へ全速力で走っていった。

 シーラとラアナを抱き抱えたヴァイルはキリッとした顔をしてマキシムを呼び掛ける。


「きゃっ……え? ヴァイルさん?」


「二人のことは任せてくれマキシム」


「おう、任せたぜヴァイル。もう少しで助けも来るはずだぜ」


「イリアと傭兵はあいつらを追ってくれるかしら? 私はこいつを片づけてすぐに追いつくわ」


「承知いたしました、ソルシエール隊長」


「了解っす」


「しっかり捕まってろよシーラ」


「はい……分かりました……」


「ちょっと、待つっすよ」


「くっ……早い……待ちなさい」


 ━━ヴァイルは足に魔力を集中させて山を滑るように降り、二人を引き離していった。


「……よし。巻いたか」


「何とか一安心ですね。ただ、クソ兄貴、一人に任せてしまって大丈夫ですかね……?」


「相手の方が戦える人数が多いからな。人数差で隙を作られてはラアナを守り切れない。ここは撤退するしかないだろう……」


「そうですよね……」


「まあ、とはいえ奴ら自体は大して強くない。マキシムなら大丈夫だと思うぞ」


「そうですか……はい。クソ兄貴ならきっと大丈夫ですよね」


「ああ。マキシムならきっと大丈夫だ」


(マキシムの奴……死んだな。雑魚の集団だと思ったんだがな……転生者、転移者ほどではなかったが、そこらの人間とは次元が違う強さだった。流石に今の魔力の調子が悪い俺様では到底勝てないだろう)


「う〜ん……お腹重い……えへへ……支えてくれるの……? ありがとヴァイル……あっ……動いたよ……私とヴァイルの赤ちゃん……」


「ん? 重い……? 何が重いんだ? どうしたんだラアナ? なあ、ラアナは本当に大丈夫なのかシーラ?」


 ラアナは聖母のような慈愛に満ちた表情をしていた。

 シーラは教会に懺悔しに来たような何とも言えない表情でヴァイルに話し掛ける。


「……えっと……意識が朦朧としているみたいなんで……何か変なことを言ってるかもしれませんが……大丈夫だと思いますよ……あはは……」


「うぅ……痛い……」


「そうなのかシーラ……? でも、何か痛いって……大丈夫かラアナ?」


「ありがとヴァイル……手握ってくれるんだ……私、頑張るからね……私たちの元気な赤ちゃん……産んでみせるよ……」


 ラアナは満面の笑顔見せヴァイルに話し掛けた。

 シーラは顔を真っ青にして大声でそれを掻き消す。


「ラアナは大丈夫です!聞かないであげてくださいヴァイルさん!」


「はぁ……まあ、聞くも何も別にシーラの声で聞き取れなかったが……」


(てか、こいつ声デカくね? 敵が来たらどうするんだよ……それはそうとラアナが重いとか痛いとか言ってたが……ラアナはシーラと比べてちょっと……いや、だいぶ重いな……それに脚も疲労のせいか少し痛む……)


 ヴァイルは大きな木の陰に隠れて息を潜めた。

 シーラは心配そうにヴァイルを気遣う。


「悪い……少し休憩だ……」


「大丈夫ですかヴァイルさん?」


「ああ、大丈夫だ。すぐに回復するはずだ」


 ━━少し間休憩していたヴァイルたちに追い付いて来た二人が呼び掛ける。


「こっちで合ってるんすか?」


「おそらくは。さっきここら辺で女の子の声が聞こえました。この辺に居るのは分かっています。諦めて出て来てください」


 ヴァイルはシーラを無言で見つめた。

 シーラは凄く気まずそうに目を逸らす。


(シーラ……こいつ……)


「どこに行ったんすか? あんな啖呵切っておいて逃げるんすか? こっちは体がボロボロなんすよ。あんまり走り回らせないで欲しいっすよ」


(雑魚のくせに調子に乗りやがって……ただ、あいつらを倒してしまうと今度はあの女と戦うことになる。それは絶対に避けたい……しかし、何故だ? 何故、魔力が全然回復しない……)


「クソ……魔力さえあれば……魔力が回復すれば……」


「魔力……? 魔力があれば良いのですか?」


 ヴァイルは思わず声を漏らした。

 それを聞いていたシーラは不思議そうに呟いた。

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