第15話 剣の傷は夜を告げる

「そう言えばリューゲさんって布は買ったんですか……?」


 走る馬車の中でシーラは思い出したように口を開いた。

 リューゲは破れた原因のラアナに問い掛ける。


「布ですか? あ……買うの忘れてました……このシスター服どうしましょう……どうしたらいいと思いますかラアナちゃん?」


「え? う〜ん……もうそのままでいいんじゃない? マカがそんな感じの服持ってるの見たことあるよ。━━確か……チーパオ(チャイナドレス)だったかな……? ここの切れ目はねぇ……脚で誘惑するんだよぉとか言ってたよ」


「そうなのですね……脚ですか……━━んっ……どうですか、ヴァイルさん……?」


 ラアナは責任逃れのために適当なことを言い放った。

 それは聞いたリューゲは脚をクロスさせ、布の切れ目をヴァイルに見せ付ける。


(どうって何が……?━━なるほど。どうか聞かれた時はとりあえず可愛いって言えば良いんだな。転生者の記憶のくせになかなか便利じゃないか)


「ああ……似合ってるぞ。とっても可愛いよリューゲ」


「そうですか!? ヴァイルさんがそう言うなら……もうこのままで……」


 リューゲはヴァイルに満面の笑顔を見せた。

 敵に塩を送ったことに、今さら気づいたラアナは上着を脱ぎリューゲの腰に巻き付ける。


「やっぱり直した方がいいんじゃない……? シスター服が破れてるの良くない思うよ」


「いえ、このままで大丈夫です」


「はしたないよリューゲ。これ巻いてあげる」


「ちょっと、いらないですよラアナちゃん」


「二人とも暴れないでくださいよ! 私がまた吐くじゃないですか!」


(俺様はいったい何を見せられているんだ……上から布を……そうだ。この剣も……)


 スカートを服のスカートで覆っているのを見て、捨てるに捨てられない剣の対処を思い付いたヴァイルはマキシムを呼び掛ける。


「なあ、マキシムって冒険者なんだよな? 鍛冶屋とか近くにないか? この剣の修理がしたくてな」


「剣の修理か? それなら俺がやってあげるぜ」


「ん? マキシムって冒険者じゃないのか?」


「ああ、俺は冒険者兼鍛冶屋だからな」


「そうかのか。いつから出来るんだ?」


「お? 急いでるのか? それなら帰ってすぐにやってあげるぜ。俺の家は仕事場でもあるからな。明日の朝には届けるぜ」


「ありがとうマキシム。でも、細かい注文多くなっても大丈夫か……?」


「勿論、大丈夫だぜ。ただ、そうなると作業を見ていて欲しいぜ。ヴァイル、今日は教会に泊まるんじゃなくて俺の家に泊まっていかないか?」


「確かに。そっちの方が良さそうだな。悪いなラアナ、リューゲ。俺様はマキシムの家に泊まることにするよ」


「え? ヴァイルさん? えっと……そんなに急に直さないといけないんですかその剣?」


「そうだよ。その剣、見た感じ壊れているようには見えないよ」


「それは……実はこの辺に傷が……」


(傷がない……結構雑に使っていた気がするんだが……)


 転移者との戦いで使ったヴァイルの剣は傷一つ付いてはいなかった。


「傷なんてないですよヴァイルさん」


「ヴァイルの見間違えじゃない?」


 目を皿のようにして剣を見た二人は血走った目でヴァイルにせまる。


(こいつら鬱陶しいな。剣の傷ぐらいあってもいいだろ)


「いや……ここにあるだろ? ここに? シーラ。この剣、傷があるよな?」


「剣の傷ですか? (え? どこにあるんだろ……? でも、ヴァイルさんを助けた方がいいですよね……)確かに……傷がありますね……」


「傷なんてどこにあるんですか? 私に詳しく教えてくださいシーラちゃん」


「いや……そこら辺に……」


「ヴァイル、今日はもう遅いし、剣は明日でもいいんじゃない? 朝ベッドで一緒に剣の傷探そうよ。ねぇ……ヴァイル……ヴァイルの剣で……私に一生消えない傷……付けてもいいんだよ……」


「へ?」


(どういう意味だ……?ぶった斬られたいのか?━━駄目だ転生者の記憶を見てもよく分からん……)


「どこですか? どこに傷があるのですか? 詳しく教えてくださいシーラちゃん?」


「うるさいですねリューゲさん……というかラアナに至っては何を言ってるんですか!?」


「そうだ。なあ、マキシム。この剣、傷あるよな」


「え? 傷か? ━━うわっ、危ない!」


「何やってるんですか!? また事故ですかクソ兄貴!」


 マキシムはヴァイルに呼ばれ振り向いた。

 一瞬の不注意で目の前に大きめの穴が現れ、バランスを崩した馬車が吹っ飛ぶ。

 幸か不幸かヴァイルの剣の柄がこの事故によって傷が付いた。


ーーー


「あの金髪が帝都の人間じゃないのは幸運だったわね。教会住みなのはちょっと面倒だけど……帝都の人間だと下手したら何日もかけないといけないところだったし、これぐらいは許容範囲かしら」


「何が幸運なんすか……こっちはたんまり貰った契約金とお気に入りのローブ、追い剥ぎにぜーんぶ奪われたんすよ。同じようなローブ探すのめちゃくちゃ苦労したっすよ。とても喜べる気分じゃないっすね」


 ヴァイルとマキシムと別れたシーラたちが寝静まった頃、ラアナの誘拐を企む、ローブを着た軽薄な男(カスパー)と魔女の格好をした美少女(ソルシエール)は教会の目の前へと来ていた。


「ざまぁないわね。でも、お前がゴネるから成功報酬は少しだけ前借りしてあげたでしょ? ━━え? というかそのダサいの気に入ってたの? わざわざ同じようなの買ったの?」


「何か悪いっすか? てか、これカッコいいっすからね。ダサくないっすよ。マジでこれ探すのに時間かかったんすよ。てか、もう少しくれても良かったんじゃないすか? 酒ちょっとしか買えなかったっすよ……」


「お前が変なローブ買うからでしょ……酒代だけなら足りてたはずよ。私は教会の結界を中和するから、お前はその間に拉致してきてくれるかしら? あ、絶対に大きな音を出すんじゃないわよ。教会の結界のせいで私の結界は張れないんだから、何かあれば人が来ちゃうわ」


「はいはい。分かったっすよ。にしても……教会っすか……俺、恵まれない母子に寄付したはずなんすけどね。結構な額寄付したんすけどね。神様いるなら何でその後、すぐに俺は追い剥ぎにあったんすかね……?」


「そうね。お前が今から人攫いするような屑だからじゃないかしら?」


「えー、酷いっすよ。でも、それはあんたもじゃないすか?」


「勘違いしないで。お前は人攫いでも……私は……無駄話をしても仕方ないわね。早く計画を終わらせましょう」


「……はは。そうっすね。終わったらこの安酒で一杯どうすか? 愚痴ぐらいは聞くっすよ」


 そう言うとカスパーは教会の中へと入って行った。


「人殺しか……」


 ソルシエールは独り言を漏らすと、嫌な汗を手でぬぐい、泳ぐ目をそっと閉じて結界を中和する魔法に集中した。

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