第14話 食べ過ぎ少女と飯抜き少女は夜を誘う

「ヴァイルさん、何していたんですか? クソ兄貴が探していましたよ」


「そうなのか。それにしてもマキシムに悪いことをしたな……途中でマキシムを見失ってしまってな。転生者の像巡りをしたよ」


「えー、何でそんな罰ゲームみたいなことしてたんですかヴァイルさん」


 転移者から逃亡してきたヴァイルはシーラと再会していた。

 鉄板のジョークでも聞いたようにシーラが笑い掛ける。


(えぇ……罰ゲームなのかよ。いや、確かに転生者の像巡りなんて罰ゲームでしかないが……お前の兄は本気で巡ろうとしてたんだぞ……)


「あっ……ヴァイルさん……格好……変えたんですね……」


「え? ああ……寒かったものでな……そう言うシーラは何してたんだ? マキシムたちは一緒じゃないのか?」


「私は帰りのための酔い止めを買ってたんです。クソ兄貴は一回戻って来てから、ヴァイルさん探すってまたどこか行っちゃいましたね。まあ、時期に戻って来ると思います。二人はそこの広場で買い物してますね」


 シーラが指差す方向を見るとリューゲとラアナが焼き鳥屋のおばさんを相手に値切っていた。


「もう少し安くなりませんか?」


「そうだよ。もうちょっとだけ安くならないの?」


「これ以上は無理よぉ……」


「私は聖職者ですよ。神に使える私を救うことは大きな善行になります。善行を積んでみませんか? この善行はきっと最後の審判であなたを天国へと誘いますよ」


「おばさん……私ね……親がいなくて……今は孤児院に住んでるんだ……あんまり家族のことは覚えてないんだけどね……家族と最後に食べたのが美味しい焼き鳥だったんだよ……また食べたいな美味しい焼き鳥……」


「うっ……でもねぇ……もう値下げするの十回目よ」


「そこを何とか!」


「お願い下げて! もっと下げて!」


「そんなこと言われてもねぇ……もうほとんど原価よ……」


「……見苦しいんであの二人止めて来ますね……」


「お、おう……」


 シーラは蔑んだ目で周囲の微妙な視線を集めていた二人を見ると、申し訳無さそうにヴァイルに言い、二人の元へ駆けていった。


「もー、邪魔しないでよシーラ。せっかくイケそうだったのに。焼きそばと唐揚げとお好み焼きとローストビーフ丼とパフェとドーナツだけじゃ足りないよ……」


「え? だけって何ですか? 食べ過ぎじゃないですかラアナちゃん……? でも、ラアナちゃんはいいですよね。私なんて何も食べてないのですよ。私の今日の昼ご飯はどうしてくれるのですかシーラちゃん? 」


「知らないですよ。リューゲさんが善行を積んだせいじゃないですか」


「食べ過ぎじゃないもん……成長期だもん……あれ? シーラその人は?━━え? ヴァイル?」


「━━あ……ヴァイルさん……その……どこから見てました……?」


 二人を連れて来たシーラは怠そうに呟いた。

 ヴァイルに気が付いて記憶を取り戻した二人は恥ずかしそうに口を開く。


(なるほど、俺様を見ると俺様との記憶を思い出すのか……やはり【忘失】は失敗か……まいったな……)


「どこからと言われても……値切っているところからだが……」


「いつもはあそこまで意地汚く値切らないのですよ! 七……いや五回ぐらいで終わらせてますから。それに神様を利用するのも、マカさんみたいに教会で免罪符と酒を売ろうとして破門になりかけたりとかまではしてないですからね」


「マカさんそんなことしてたんですか……」


「あっ……私が食べたの全部ハーフサイズだからねヴァイル。ほら見て……太ってないでしょ……」


 ラアナは服とスカートを少し捲り、ヴァイルに抱き心地の良さそうなお腹とふとももを見せ付けた。


(人間の食べる量はよく分からないが……半分でも多くないか……?)


「えっと……まあ……健康的で良いと思うぞ」 


「そう……? そうなんだ。えへへ。ヴァイルはよく食べる女の子は好き……?」


「ハーフって……全部大盛りで頼んでたくせによく言いますねラアナ……」


「ちょっとそれは黙っててよシーラ!」


 ラアナはシーラの口を手で押さえ込む。

 リューゲは辻馬車 (タクシーみたいなもの)を見て思い出した様に口を開く。


「それにしてもマキシムさん遅いですね……」


「そうですね……幸いここに辻馬車はありますし、クソ兄貴は無視して帰りませんか?」


「そうだね。帰ろー」


「えぇ……マキシムさん、置いて行くのですか……? ━━あっ、ところでヴァイルさんは記憶戻ったのですか?」


「え?いや……残念ながら……まあ、お金ならあるから大丈夫……━━あ……」


 ヴァイルが追い剥ぎをして奪ったお金はほぼ全て、ヴァイルの穴に突き刺さった剣と成り果てていた。


(この剣……いらねえな……とっとと売りたいが、転移者どもにこの剣を見られると記憶を取り戻される危険が……)


「お金が無いのですか……? それでは私たちの教会で泊まっていきませんかヴァイルさん? 野宿なんて危ないですよ。私と……一緒に……寝ませんか……?」


 呪いの装備となった剣を暗い表情で見つめていたヴァイルをリューゲは屈んで覗き込んだ。


「あの……リューゲさん……?」


 ヴァイルに胸を思いっ切り強調するポーズをとり、上目遣いで色っぽく話し掛けるリューゲを見たシーラは、思わず声を漏らす。


(こいつらの教会は帝都の外だったな。帝都には残りたくないし付いて行くことにするか)


「それじゃあ頼もうかな。今晩泊めてくれ」


「はい。勿論です。私の部屋空いてますのでそこで寝てくださいね」


「リューゲと寝るより私と寝た方がベッド広いよ。ね? 私と一緒に寝ようよヴァイル?」


「狭かったら抱きつき合えば良いのですよ。甘美の夜はどうですかヴァイルさん?」


「布団も部屋も空きがあるじゃないですか……ヴァイルさん、ちゃんと場所はあるんで一緒に寝なくても大丈夫ですよ。というか甘美の夜って何ですか……?」


「えっと……まあ、俺様はどこでも良いぞ……」 


「それは……マカさんが言ってたのを聞いて……」


「またシーラは余計なこと言って……とにかくヴァイルは私と寝てよ! いいでしょヴァイル! 私、頑張るから……ね? お願い……ヴァイル……」


「いや、私です。私と寝てくださいヴァイルさん! マカさんのお陰で知識だけはありますから……私の方が……きっと気持ち良いですよ……」


(いや……圧が強いな……別に一緒に寝る相手なんて誰でも良いと思うが……これはどっちを選べば人間っぽいんだろうか……? )


「じゃあ俺様は……」


 ヴァイルに二人が押し迫る。

 答えようとしたヴァイルの声を掻き消すように、ヴァイルたちを見つけたマキシムの声が響いた。


「あっ、あれは……おーい。戻って来たぜみんな。ごめんな転生者様の像巡りで時間忘れてたぜ。ん?その兄ちゃん誰だ……━━おお、ヴァイルじゃねえか。すっかり忘れてたぜ……」


(なるほどな……やはり、マキシムを見るに俺様のことを忘れるとある程度記憶が整合性を取るようになるのか。これなら転移者どもに思い出されるきっかけさえ与えない限りは、自然に思い出されることはなさそうか……?)


「あっ、すまないマキシム、俺様は教会に泊まることになったんだ。俺様も乗せてくれないか?」


「そうなのか。勿論、いいぜヴァイル」


「あっ、マキシムいたんだ……」


「マキシムさん……少しはタイミング考えてくださいよ……」


「は? ヴァイルさんのこと忘れて今の今まで転生者の像巡りなんてしてたんですか……ふざけているんですかクソ兄貴?」


 もう少しのところでヴァイルの回答を邪魔された二人は冷えた視線でマキシムを見た。

 マキシムの言葉を聞き、シーラは血管を浮き上がらせる。


「ん? どうしたんだみんな? まあいいや。みんな乗ったか? ━━ヨシ。それじゃあ帰ろうぜ」


 マキシムは特に気にせず馬車を走らせる。

 空は夕焼け模様になり、計画決行の夜が近づいていた。

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