第13話 変態と再会と劇薬
「言い訳は結構です。いいから署まで来てください」
「違うよ。おじさんは変態じゃないよ。追い剥ぎにあったって言ってるでしょ」
銀髪、銀眼金眼のオッドアイの美少女、クリュちゃんこと、クリューソスはヴァイルが追い剥ぎしたパンツのおじさんを捕まえようとしていた。
「ズボンだけ取る追い剥ぎがどこにいるんですか?どうしてその追い剥ぎはあなたが着ている割と高そうな上着は取らなかったんですかね?」
「本当はパンツまで奪われそうだったけど、色々あってズボンだけ取られたんだよ。おじさんを信じてくれよ」
「いつ、どこで、どんな人に追い剥ぎにあったかも覚えていないのに信じろと言うんですか?」
「でも……追い剥ぎにあったことは覚えているんだ。もしかしたら記憶違いで履き忘れたのかもしれないけど……ともかく、おじさんは変態じゃないんだよ」
「はぁ……今回だけですよ……正直、あなたは怪しいですけど、悪気があったようには見えませんからね。クリュは……警察は善良な市民の味方ですから」
「おじさんを信じてくれてありがとう……」
「そういうのいいですから。早く家に帰ってズボン履いてくださいね」
「そうするよ。━━あっ、そうだ。遺失物届を出したいんだけど……」
「ああ、ズボンですか? 追い剥ぎで奪われた物が返ってくることは少ないとは思いますが……分かりました。一応登録しておきましょう。どんな物なのですか?」
「いや、ズボンはもういいんだ。おじさんね、ゴールデンドラゴンボール落としちゃったんだ」
「は……?」
手錠をかけたクリューソスはおじさんを引き摺って警察署へと連れて行く。
「ちょっと、何で?」
「後は署で聞きますから。大人しく付いて来てください」
「あ……違うって……下ネタとかじゃないんだよ。ゴールデンドラゴンボールってのは邪竜……即ち原初の竜たちが作ったとされる混沌なる神を封印したもので……それが集まるとその危険な混沌なる神が復活して……」
「何がゴールデンボールですか。金玉取られたんですか?」
「だからゴールデンドラゴンボールだよ」
「どっちでもいいですよ!」
「そうだ。思い出した。追い剥ぎにそれだけは奪われないとパンツの中に入れようとしてたんだよ。結局、蹴り飛ばされてどこかに行っちゃたんだけど……」
「はいはい。署に着きましたよ。カツ丼ぐらいは食べさせてあげますから」
署の前まで連れてきたクリューソスは心底呆れた様子で話し掛ける。
「ちょっと待ってよ。少しはおじさんのゴールデンドラゴンボールの話を聞いてよ」
「セクハラ野郎は少し黙っててくれますか? いいですか? 風紀の乱れは心の乱れ。公序良俗を守れない変態は刑務所に突っ込んでやりますよ。━━雷葉さん一人捕まえました。手続きお願いしま……」
署が見えて焦り、逃げ腰になったおじさんをクリューソスは強引に署の中まで引っ張る。
「あっ……んっ……もう……駄目だって、おに〜さん……━━え……? クリュちゃん……?」
「え? 何やってるんですか雷葉さん……?」
雷葉が署へと入るとヴァイルが腰を痙攣させ、雷葉がだいしゅきホールドで抱きつき、甘い声を漏らしていた。
「へ? 何これ?」
(仲間が来た……こいつらも転移者か……?)
「入ってない! 入ってないから! ね? クリュちゃん?」
「入れてなかったとしても署で勤務中に抱き合うなんて警察官として駄目ですよ!」
「それは……その……━━てか、クリュちゃん。そのおじさん、何かやらかしたの?」
「え? あ……ズボンを履いてなかったので連れて来ましたけど……」
「そう……返してあげなさいクリューソス。ズボンを履き忘れてしまうことぐらい人間なら誰しもあることよ」
「そんなことないと思いますけど……というか雷葉さん……何ですかその口調は? いつも変な口調はどうしたんですか?」
「おじさん帰っていいの? まあ、帰っていいなら帰るけど……」
「勿論です。私は善良な市民の味方ですからね。━━ところでおじさん。今さっき見たことは綺麗さっぱり忘れてくださいね。私は警察官で転移者。人一人ぐらい簡単に消せますので」
「ぶひっ……」
(え……?)
おじさんは恐怖のあまり情けない鳴き声を出した。
クリューソスが雷葉を蹴り飛ばす。
「きゃっ……痛いしクリュちゃん……」
「何をほざいているんですか? 雷葉さん?」
「だって、言いふらされたら大問題だし……でも、あれは流石に冗談。冗談だから」
「冗談じゃすまないですよ。この変態が言わなくてもクリュが報告させて貰うんで諦めてください雷葉さん」
「そんな……酷いしクリュちゃん……出世の道が断たれちゃうよ〜」
「転移者権限でどうにかなるんじゃないですか?」
「それは違うじゃん……あーし、元の世界では警察官になれない家柄だったから出来れば真っ当になりたいっていうか……」
「それでこの有り様ですか……?」
「ね? お願〜いクリュちゃん。ほ〜ら、日頃、頑張ってるクリュちゃんには、あーしがボーナスあげちゃう……」
「はぁ……仕方ないですね……黙っててあげます」
雷葉に抱き着かれ懇願されたクリューソスは溜め息をついてコッソリと賄賂を受け取った。
帰ろうとしたおじさんは毒の効きが弱まり中腰となったヴァイルを見て立ち止まる。
「あれ? 君、もしかしてどこかで会ったことある?」
(ん? 何だ? ━━そうだ。こいつ……あの時のパンツの奴か)
「いや、人違いじゃないか……?」
「あっ、おじさん、もう帰っていいんだよ〜」
「ああ……うん。そうか……おじさんの勘違いか……でも、やっぱりどこかで……」
(おかしい……俺様の【忘失】は消えた記憶がそう簡単に戻ることはない……━━まさか……失敗したのか……? だとすると長い間記憶を消した人間と接するのは危険だな。思い出される可能性がある……今すぐここを離れなければ……)
「どうしたのおじさん帰らないの? もしかして、あーしがおに〜さんとしてたこと言いふらそうと思ってる感じ? やっぱりここで消すかこいつ……」
「ちょっと待ってよ。ただ、この人と会ったことがあるような気がして話し掛けてだけだよ」
「あ~そういう感じね。あ、でも、確かに……あーしもおに〜さんと会ったことがある気がするかも……━━あっ、そう言えばおに〜さんのこの剣……」
(ヤバい……剣で記憶を……)
「うわっ、雷葉さん。クリュの薬使ったんですか? しかも、奥にしまってるものまで。あの奥にあるのは厳密には違法なんですからね。だから隠してるっていうのに……」
「えっ、そうだったの? ごめ〜ん。でも、違法とか初耳だし……」
(助かった……よし、気がそれた今の内だ。この雑魚はともかくあの転移者に思い出される訳にはいかない)
ヴァイルはこっそりと警察署を抜け出し、全速力で逃げて行った。
「え? ちょっと君? うーん……もう少しで思い出せそうだったんだけど……」
「あれ? 言ってませんでしたっけ雷葉さん……?━━あ……変態に聴かれてましたか……」
「へ? いや……おじさんは何も聞いてないよ。違法の薬とか聞いてないよ」
「そうですか……おじさん、クリュもそこの雷葉さん程ではないですけど、人一人ぐらいなら消せますからね。少なくとも完全に死体は残さないように処理することは可能です。死体が見つからなければ事件にはなりませんからね。今回は見逃してあげます。帰っていいですよ」
話を聞かれていたことに気づいたクリューソスは雷葉よりもガチっぽいトーンで話す。
「ぶひいいい」
トラウマものの脅しを受けたおじさんは恐怖のあまり逃げていった。
「え? クリュちゃん!?」
「雷葉さんには言われたくないですよ! あ、それより雷葉さんの恋人はどこに行ったんですか?」
「あれ? もしかして帰っちゃった? え〜ヤり捨てられたってこと……? うぅ……酷いし……いや……きっと何か用事が……」
「え? 恋人じゃなかったんですか? というかやっぱりヤッてたんですね……」
「本当にヤッてないし……てか、そもそもはクリュちゃんの薬の催淫効果のせいだし……」
「クリュのせいにしないでください。勝手に使ったのは雷葉さんじゃないですか。はぁ……よりにもよってこれを使うとは……でも、催淫効果なんてありましたっけ……? 雷葉さんが盛ってただけじゃないですか?」
「そんなわけないし……あのおに〜さん、あーしに興奮してくれてたし……てか、そもそもどういう効果なのそれ?」
「全く知らなくて使ったんですか……? この飲み薬は飲むと急激に高熱になって魔力消費量が莫大になる代わりに傷の修復・回復が早くなる薬ですね。もしかしてそれを催淫効果だと勘違いしたんじゃないですか? 雷葉さんって頭も股も緩そうですからね」
「緩くないし! あーしは処女だし……クリュちゃんと同じ処女だし!」
「だったら何なんですか!? 同じ処女でもクリュは頭緩くないですよ! ともかく、この薬は成人ならまだしも、子供や老人に使うとその時の熱で死ぬぐらい危ないんですよ。それに一日、魔法も使えなくなってしまいますし……厳密には魔力消費量が莫大になるだけで本当に使えなくなる訳ではないんですけどね」
「え〜それ……ヤバくない……? あのおに〜さん大丈夫かな?」
「熱はすぐに下がるので使ったときに死ななかったのなら大丈夫だと思います。問題は魔法ですが……冒険者でもなければ特段、困ることは無いでしょう。もし冒険者でも怪我をしたら様子見で一日は休まないといけない決まりがあるので大丈夫なんじゃないですかね?」
クリューソスは薬を片付けながら面倒くさそうにそう答えた。
ーーー
(こいつあの時の奴か? あいつはあの時の奴か? 取り敢えず帝都から逃げないと……とにかく目立たないように……)
ヴァイルは帝都をコソコソと歩いていた。
「あっ、ヴァイルさん」
「ひえ〜」
逆に怪しく目立っていたことでシーラに見つけられたヴァイルは情けない声を漏らす。
「え? どうしたんですかヴァイルさん?」
「えっと……ああ……シーラか……ごめんびっくりして……」
「そうなんですか……ごめんなさい……」
(仕方ない……もう少しで人間のふりは続けるか……クソ……転移者どもを殺せていれば……)
「いやいや、気にするな。また、会ったなシーラ」
シーラは不思議そうに呟いた。
ヴァイルは心の中で溜息をつき、笑い掛けた。
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