第12話 邪竜VS雷ギャル(転移者)〜弐〜記憶の竜

「あ……えっと……俺様を見逃してくれたりはしないか……?」


 毒の剣が尻に刺さったヴァイルは冷や汗をかいて転移者、雷葉に話し掛ける。


「いや……流石に見逃すわけなくね……?【雷神】」


 雷葉は電撃を飛ばした。

 刺さった剣が避雷針となりヴァイルの穴を中心に衝撃が襲い、ビキニアーマーが限界を超えて弾け飛ぶ。


「ぐはっ……」 


(ヤバい……死ぬ……どうする……呪術とスキルを併用すればこいつだけなら何とか殺せ……いや、それだと毒が回って他の奴らを……ならば……)


「忘却、隠匿、レテの平原、相応しき代償と引き換えに我、記憶の竜、ヴァイル・ウラノスの魂をここに示せ【忘失】」


 ヴァイルは詠唱し代償を払うことでスキルを発動した。

 帝都一帯が白い光に包まれる。


「へ? おに〜さん何を……━━あれ? あーし、何してたんだっけ……」


 雷葉はポカンとして去って行った。

 小陰に隠れていたヴァイルは汚い笑みを浮かべる。


(上手くいった。あいつの記憶が消えている。失敗してなければ弱い方の転移者や目撃者たちも俺様のことを完全に忘れているはずだ。問題は代償が何が支払われたかだな……これだから呪術は使いたくなかったんだが……まあ【断罪】か《グランドニードル》が駄目になってなければ……)


 ヴァイルは見つけた蟻に極々小規模で魔法とスキルを放った。

 蟻は貫かれ、首が落ちる。


(よし。これなら……フハハハハ。後は毒が抜けるのを待つだけだ。いや、回るにはまだ時間があるな。今のうちにあいつだけでも殺しておくか)


「う〜ん……やっぱり、あーし、なんか忘れている気が……」


 雷葉は漠然としない様子で歩いていた。

 見えるか見えないかの距離を取っていたヴァイルは勝ちを確信し、興奮のあまり長々と独り言を漏らす。


「俺様のスキル【断罪】は俺様に犯した罪の重さに応じた威力の相手の首に斬撃を飛ばすものだ。しかし、この俺を不快にさせるほど威力が上がる斬撃は、今回の場合は威力は過剰だが距離が遠く届かない。かと言って、最初から近づくのはリスクが大きい。おそらく、あいつは予備動作を見て避けていたからな。そこでスキル拡張だ。罪の分の威力上昇を飛距離へと移す。原理としては、魂に刻まれた魔法であるスキルを他の魔法を重ね合わせ、一時的にスキルの性質を変化させるといった感じだ。まあ、竜とは違い、魂が貧弱な人間には出来ない芸当だろうがな【断罪】」


 ヴァイルは【断罪】を発動すると全速力で雷葉に近づいた。


(よし。そろそろ首が切れるはずだ。)


「《グランドニードル》」


「え? 誰だし……?」


(間抜けな顔をしやがって。お前は首を切られ胴体貫かれ、この剣で斬り殺されるというのに)


「稲妻、俺様の勝ちだああああ。━━ぐはっ……ぐああああああ」


 ヴァイルの首と尻に衝撃が走る。


(は? 何が起こった……?)


 ━━ヴァイルの呪術は完全には成功していなかった。

 その結果、本来使えるはずだった【断罪】と《グランドニードル》にも影響が及んでいた。

 蟻を相手に成功したのはあくまでも至近距離かつ極々小規模であったためであり、普段使い出来るものではなくなっていた。

 暴走したそれらは発動者であるヴァイルを襲う。


「痛たた……━━うげっ……(しまった……まさか失敗するなんて……今度こそ殺される……)」


「え? もしかしてこれあーしのせい……? スキルが暴発しちゃったとか……? ━━電撃で人体丸ごと黒焦げにしたら証拠隠滅とかって出来るのかな……?」


「はは……あははは。もう駄目だぁ……終わりだぁ……」


 突然走って近づいて来たかと思えば叫んで転がったヴァイルを見た雷葉は焦って血迷ったことを漏らした。

 万策尽きたヴァイルは殺されると思い、自暴自棄になって情けなく笑っていた。


ーーー


「これ服とズボンね。今、適当に買ってきたやつだから返さなくて良いよ〜」


 ヴァイルは雷葉に警察署に連れられていた。

 雷葉は白ワイシャツと黒いズボンを手渡す。


「すまない。追い剥ぎにあってしまってな……」


「そうなんだ……ごめんね〜男子って何着るか分からなくて……そもそも異世界人のセンスもよく分からんし……」


「いや、これで良いよ。ありがとう」


「にしても良かった〜あーしのスキルが暴発したのかと思ったし……あーしのキャリアに傷が……じゃなかったおに〜さんが無事で良かった」


(ある意味、俺様に攻撃が返ったのは幸運だったな……威力も低くなっていたから、攻撃が当たっても意味なかっただろうしな)


「とりま、打撲は後で病院行ってもらうとして……傷は消毒しなきゃね。別に下手したらあーしの責任なるかも……とかそんな理由じゃないからね。おに〜さんの傷が心配なんだよ。キャリアの傷は気にしてないからね」


「お、おう……」


「じゃ、そこに座ってね。消毒するから。━━う〜ん……どれ使うんだし……いつもクリュちゃんどれ使ってたっけ……?これが自白剤なのは覚えてるんだけど…… ま、多分これじゃね?」


 そこには警察署とは思えないような怪しい薬品が実験器具と共にズラリと並んでいた。

 数ある中でぱっと見一番駄目そうな薬品を選んだ雷葉は、それを布に染み込ませヴァイルの首に塗付ける。


「は……? え? (その中でそれ選ぶか?)━━痛たっ……」


 痛みのあまりヴァイルは飛び跳ね雷葉に抱きついていた。

 雷葉は思わず口調を崩し、赤らめた顔をそらす。


「ひゃっ……おに〜さん? ちょっ……あっ……あーしから離れるし……離れなさ……離れて……ください……」


「ああ……すまない……それで、この薬は本当に大丈夫なのか?」


「へ? 薬? 別に薬は大丈夫だし……━━あっ……これ違……せっかくだし、他の薬も試してみよっか」


 抱きつかれ、薬を間違い、テンパった雷葉は猛スピードで更にヤバそうな薬を持って来た。

 

(なんかそれ沸騰してないか……?)


「いや……もう十分だ。さっきので効いただろう」


 ヴァイルは首に手を当て傷を隠した。

 雷葉は布に薬を付け塗ろうとする。


「もう、首から手離すし。ちょっとぐらい痛いの我慢しろし」


「待て。待てって……」


「ん? あっ……これ飲み薬じゃん……」


「へ……?」


「んと……心配し過ぎだし。これクリュちゃんが最後の手段って言ってるぐらいの凄い薬なんだから。━━そう言えば……めちゃくちゃ苦くて意識飛ぶとか聞いた気もするけど……ま、良薬は口に苦しみたいな?」


(もうそれただの毒だろ……というかクリュちゃんって誰だよ)


「いや、大丈夫だ……」


「ペストや結核になったらどうすんの? 無理矢理にでも飲ませるからね」


「嫌だ。死にたくない」


 逃げようとするヴァイルを雷葉は羽交い締めをして劇薬を飲ませる。


「死にたくないなら飲みなって」


「あわわわわ」


 意識が飛ぶほど刺激で体が倒れたヴァイルは雷葉を押し倒した。


「もう、おに〜さん。ちょっと……これ二度目だし。わざとやってるの?」


「いや、何か、身体が熱くて……はぁ……はぁ……」


「何それ……━━あー、もしかして薬にそういうの効果とかあった感じ……?」


 薬が効いて火照った白髪の美青年は甘い吐息を漏らす。

 文字通り、ヴァイルの体は熱くなっていただけであったが、勘違いし、目を奪われた雷葉は身を委ねた。


「そんな目で見るなし……あーし、ガチでそういうのとか初めてで……」


「え?」


「ちょっ……あのね〜ギャルだからってビッチだとか思ってるならそれ偏見だからね」


(何を言ってるんだ? 薬の効果のせいかよく聞こえんな……)


「ん……? ああ……すまない……」


「はわっ……あっ……耳元で囁くなし……ま、ともかく……あーしのせいでこうなっちゃった以上は責任取ってあげるから……ちょっとぐらいならまぁ……でも、本番はとかは無しだからね……」


(体も動かない……そうかあの毒が回って……)


 ━━竜という種族は多くて数十が限界の人間と違い、数多のスキルを持っている。

 ヴァイルと言えど例外ではなく、ヴァイルはその数多のスキルのうちの二つに【感度30倍】と【刺激耐性】を持っていた。

 【感度30倍】はその名の通り光や音等の刺激に敏感になり、戦闘や索敵を優位に進められるスキルであるが、一方で大きな刺激に弱くなるという欠点が存在する。

 それを補うスキルが【刺激耐性】であり、不意の強過ぎる刺激を遮断する。

 だが、呪術によって無理矢理、強力なスキル【忘失】を広範囲に発動させた代償で【刺激耐性】は不安定なものとなっていた。

 剣の毒、劇薬、【感度30倍】によるデメリット、代償による【刺激耐性】不安定化等の様々な要因が重なり合った結果。

 ━━ヴァイルの腰がヘコヘコと動き始めた。


「おっ……んっ……は? おに〜さん何してるし……? 確かにこれは本番じゃないけど……マジありえないし……」 


(体が痙攣して……ヤバい……敵意があると思われたら戦闘になる……何とか離れて……)


 ヴァイルは渾身の力で腕を立てた。

 再度、瞳と瞳が映り合う。


「へっ……あっ……おっ……はぁ……もう、しゃーなしね……しゃーなしだからね……━━ん……ちゅっ……流石に口は恥ずいから……ほっぺで我慢するし……」


 情熱的に見つられ、腰を叩きつけられていると思った雷葉はとろけた表情で微笑み、ヴァイルの頬に口づけをした。


(は? え? 止まれええええ! 動けえええええ! 違う動くのはそっちじゃない!今、こいつと戦っても俺様に勝ち目は無い……クソ……死にたくない……死にたくない!)


 ヴァイルは死を避けるため、意味の分からぬまま勝手に痙攣する腰を抑えようと心の中で叫んだ。

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