第3話 密着少女は急かさない?
「うっ……うぷ……おえぇぇぇ……」
「シーラちゃん大丈夫ですか?」
シーラは荷馬車から顔を出し、虹をかけていた。
「はい……ありがとうございますリューゲさん。吐いたら少し楽になりました。寒いし生臭いし、よくもまあこんなものに人を乗せようとなんて思えましたねクソ兄貴。魚と氷が乗ってるなんて聞いてなかったんですが……」
「え? あ……悪いそこまで考えてなかったぜ……」
「大丈夫、シーラ? ねー、マキシム。服ってどこにあるの?」
ヴァイルとラアナは走る荷馬車の中で衣服を探していた。
「そこら辺に置いてないか?」
「それっぽいものは置いてないぞマキシム」
「うーん……そう言えば邪魔だったから降ろしたかもしれないな……」
「え? これじゃないの?」
「はぁ……なんだあるじゃないですか。これで着るものまでなかったら本当にどうしようもないクソ兄貴ですよ。━━え? これ……クソ兄貴と同じ……あ……どうぞヴァイルさん」
ラアナが持って来た袋を開けたシーラの瞳に、マキシムが身に着けているビキニアーマーと色違いの同じものが映り込んだ。
シーラは死んだ目でそれを取り出し、ヴァイルに手渡す。
「良かった。良かった。予備の服はともかく装備の方は残ってたか。へへへ。お揃いだなヴァイル」
(何だろう? 無性に殺意が沸くな)
「ああ……そうだな……」
マキシムは馭者台から振り返り歯を見せつけた。
ヴァイルは殺意を抑え込み無駄に光り輝く金色のビキニアーマーを身に着ける。
(これは胸に着ければ良いんだろうが……パンツはどうしたら良いんだ? あの転生者は時々顔に被っていたがこの場合は普通に履いて良いのだろうか?)
「どうしたのヴァイル? 大丈夫? 別に無理に着なくても良いと思うよ……」
頭に置いては足をかけ、パンツを上下に動かしていたヴァイルにラアナが心配して声を掛けた。
ヴァイルは慌ててパンツを履き苦笑いを見せる。
「はは……いや大丈夫だ。何でもない」
(しまった……あの転生者も出来る限り普通に、目立たないようにしていたみたいだし、変に思われる行動は避けたかったのだが……悩み過ぎていたか……)
「どうだ? 俺様は変じゃないか? あまりこういうのは慣れてなくてな……」
転生者の記憶見たヴァイルはさっきのミスを取り繕う為に不安そうに問い掛けた。
「はい……似合ってますよ……」
「あ……うん……すっ、すっごーいカッコイイよ。あはは……」
ヴァイルのこの世の終わりような酷い格好を目にしたラアナとリューゲは、引き攣った笑顔でお世辞を口にした。
「ああ……ありがとう」
(やけに褒めてくるなこいつら……転生者も良く褒められていたがそういう文化なのか?)
「ちょっと……二人とも、正気ですか?」
「シーラちゃん。嘘をつくというのも時には必要なのですよ。うーん……マキシムさんですっかり慣れてはいましたけど……改めて酷い格好ですね……目が腐ります」
「うん。全裸の方がマシな酷さとか言えないよね……最初見た時はびっくりしたよね」
「そうですか? 流石に全裸よりはマシだと思いますが……━━あの……ラアナちゃん……?」
「リューゲだって見たそうにしてたじゃん」
「呼び掛けただけですよ。私はまだ何も言ってませんよラアナちゃん」
「くっ……リューゲ……」
「何やってるんですか……というか、慣れてるって言いました? 前からクソ兄貴ってあんな格好してましたっけ?」
「はい。シーラちゃんもお使いの時に会いませんでしたか?」
「ヤバ……あ〜、そうなんですね……」
「よく見るよね。本当に会わなかったのシーラ?」
「いっ、いえ一度も会いませんでしたよ」
少女たちはヴァイルに聴こえないようにコソコソと話した。
お使いに行ってなかったシーラは話を断ち切るために大きな声を出してヴァイルを呼び掛ける。
「ヴァイルさん。その格好、クソ兄貴と同じ格好だからこそヴァイルさんの容姿の良さが引き立ってますよ。良いと思います」
「え……? あ、そうですね。ペアルックみたいな……」
「だよねー、ヴァイル、イケメン」
(これ本当に褒めてるのか……? )
「はは……ありがとう」
「ん? シーラ呼んだか? 」
「え? 呼んでないですよクソ兄貴」
「なんだ呼ばれたと思ったぜ。━━うわっ、ヤベえ」
シーラに呼ばれたと勘違いし、御者台から振り向いたマキシムが衝突事故を起こし、馬車は衝撃で大きくぶっ飛んだ。
轢いたのが人ではなかったことを確認したマキシムは安堵の息をつく。
「ふぅ~良かったぜ。人轢いたと思ったけどただの石だったぜ」
「うぅ……ふぅ~じゃないんですよ。ふぅ~じゃ。何やってるんですかクソ兄貴!」
衝撃で吹き飛ばされた少女たちはヴァイルを下敷き倒れ込んでいた。
(重い……ん? 何だこれ?)
意識が朦朧としていたヴァイルは未知の柔らかい感触でつい手を動かす。
「あっ……ひゃあっ……ヴァイルさん……その胸に手が……んっ……」
「んっ……ヴァイル……手動かさないで……お股に……きゃっ……」
掴まれ、引っ張られ、捏ねくり回されたシーラとラアナは蕩けるような声を漏らし、恥ずかしそうに体を捻じる。
「手? ああ、すまない。━━ぶへっ……」
無理な体勢になっていたリューゲが滑り、ヴァイル顔を蹴り上げた。
そのまま滑り、リューゲはヴァイルの顔に破れたスカートの裂け目からパンツを押し付ける。
「うっ……」
(息が出来な……)
「あ、ごめんなさい……今すぐどきますから。ひゃっ……」
リューゲは恥ずかしさのあまり慌てて後ろへと転がり、ヴァイルとシーラを蹴り飛ばす。
「ぶふ……」
「ちょっと……リューゲさん!?」
「あ~、ごめんなさい……」
(竜に戻ったらこいつは殺そう)
「はは。大丈夫だ気にするなリューゲ。というかそろそろみんなどいてくれないか……」
「あ、ごめんねヴァイル。今どくから……あれ? 引っ掛かって抜けられないみたい……」
「私もです。樽が邪魔で抜けられません。それにリューゲさんの足に顔を踏み付けられてますし……というか、さっき何で倒れたんですかリューゲさん……」
「それはその……だって……」
「おーい、みんな大丈夫か?今どかすからな。うーん、結構重いな」
「早くしてくれませんかクソ兄貴。とっとと樽どかしてください」
「そうだよ。早くどかしてよマキシ厶」
(それにしてもリューゲの脚……邪魔だな……)
リューゲが尻の位置を変えた結果、足が顔に当たっていたヴァイルは首を傾けた。
ラアナとヴァイルは唇がもう少しで触れそうなほどの至近距離で見つめ合う。
「あっ……ヴァイル……」
「ん?どうした?」
「えっと……ヴァイルは痛くない? 大丈夫?」
完全に瞳を奪われたラアナは何とか話を続けようと言葉を並べた。
「ん? ああ、大丈夫だ。ラアナこそ大丈夫か?」
「うん……私は大丈夫だよ。えへへ」
ラアナは恥ずかしそうに可愛らしい笑顔を見せる。
「そうか。それは良かった」
「ねぇ、ヴァイルは帝都から来たんだよね? 帝都って何があるの? オススメ教えて」
(帝都の話を掘り返すんじゃねえよ)
「あ……悪いな……まだ記憶が戻らないんだ。ただ記憶が戻ればその時は案内するぞラアナ」
「え? それってデー……うん。その時は一緒に帝都行こうねヴァイル」
「うーん……この樽やっぱり重いな……かと言って魔力で肉体強化すると樽が吹き飛ぶかもしれないしな……」
「少しは手加減とか出来ないんですかクソ兄貴? いいから早くここから出してくださいよ」
「そうですね……寒いので出来るだけ早くここから出して欲しいですマキシムさん……」
「二人ともそんなに急かさなくてもいいのに。ねえ、マキシム。やっぱりゆっくりでいいよ。怪我したり、樽の中の魚が傷ついたらいけないでしょ」
ラアナはヴァイルに熱い視線を送りながら優しい声色でマキシムを気に掛けた。
シーラは怪訝そうな顔をしてラアナを見つめる。
「えぇ……」
「どうしたのシーラ?」
「いえ……何でも無いです……」
「何その目付き……何が言いたいの? 言いたいことがあるなら言ってよ」
「じゃあ言わせてもらいますけど……何ですか?あの甘えるような声は。それに目付きとか思いっきり上目遣いしてたラアナに言われたくないですよ」
「別にそんなんじゃないし……それにそうだとしてもシーラには関係ないでしょ」
「関係ありますよ。ここほぼ密閉空間なんですよ。身内のそういう一面を至近距離で見せられ聞かされる私の身にもなってくださいよ」
「こらこら二人とも喧嘩は駄目ですよ。ふぅ……やっと起き上がれました。きゃっ……ヴァイルさん……」
起き上がったリューゲはバランスを崩しヴァイルの方へ倒れ込んだ。
ヴァイルに密着してパニックになったリューゲは慌てて手を押し出す。
「ごめんなさい。すぐにどきますから」
(え? こいつ……また性懲りもなく俺様の顔を蹴り飛ばすつもりか?)
顔を蹴飛ばされるのを嫌ったヴァイルはリューゲを思いっきり抱き締めた。
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