第4話 密着シスターは逃さない

「また蹴……倒れるつもりかリューゲ?」


「あ……え……ヴァイルさん……? その……暑いです……━━うふふ。暑いですねヴァイルさん……」


 ヴァイルに抱きしめられ、顔を真っ赤にしたリューゲは、少し戸惑った後、手をゆっくりとヴァイルの後ろへと回した。


「寒いんじゃなかったんですかリューゲさん……」


「ズルいリューゲ……私もする」


「ん? おい、今暑いって言ったかリューゲ? ヤバいぜ……中の魚が腐っちまうぜ……やっぱり急がねえと……」


「マキシムさん大丈夫ですよ。とても冷えてますよ。何なら少し休憩にしてもいいと思います」


「うん。凍死するぐらい寒いよ。魚のことなんて心配しなくて大丈夫だよマキシム」


「凍死? それはそれでヤバくないか……?」


「てか、リューゲ邪魔なんだけど。ちょっと退いてよ。煩悩丸出しってシスターとしてどうなの? まるでマカみたいだよ」


「よく人のことを言えますねラアナ……」


「うるさいですね。マカさんみたいだから何なのですか? シスターに出会いなんてありません。二度と来ないであろう最初で最後のチャンスを見す見す逃すわけないじゃないですか。神様にいくら祈っても旦那様は出来ませんからね」


「えぇ……そこまで開き直るんですか……」


「よいしょっと。ヨシ。なあ、みんな聞いてくれ。今、肉体強化を使ったんだが力加減が上手くいったんだ。へへ。すぐ助けるからな。待ってろよー」


 マキシムが樽を一つ避け、光が少し入り込んだ。


(こいつらは何をモメているんだ? まあ良いか。やっと出られる……)


「マキシムは休憩してて!」


「マキシムさんは休憩しててください!」


「え……? 本当に大丈夫なのかみんな?」


「大丈夫だよ。ヴァイルも休憩した方が良いと思うよね?」


「そうですね。ヴァイルさんもそう思いますよね?」


「ああ……そうだな……マキシム、氷はあまり溶けてはなさそうだ。休憩しても良いんじゃないか?」


 勢いに負けたヴァイルは同調し、マキシムに休憩を促す。


「お……おう……じゃあ、休憩するか」


「え? 何で休憩してるんですか……早く出してくださいよクソ兄貴」


「うーん……でも、みんな休憩しろって言うしな。━━お、我ながら良い出来だな。なかなか美味いぜ」


(あれは確か転生者がブラックでとか飲めないくせにほざいてたコーヒーって飲み物だよな……? 何を優雅に飲んでやがるんだマキシムの奴……)


「ヴァイル……ぎゅーだよ。えへへへ」


「ヴァイルさん。出来ればもう少し強く抱きしめてくれませんか……? またっ……あっ……ふふ。倒れてしまいそうで……」


 ヴァイルとラアナの間にリューゲが入り込む。


「うわっ、ちょっと……リューゲどいてよ」


「嫌です。どきません」


「くっ……えい」


 退かされたラアナはリューゲの胸を鷲掴みにして反撃に移る。


「ひゃっ……ラアナちゃん、そこは駄目です……あっ…」


 ラアナとリューゲはポジションを奪い合う。


「早い者勝ちだよリューゲ。私の方が先に狙ってたもん」


「知らないですよそんなの。私の旦那様で……ひゃっ」


 バランスを崩したリューゲはヴァイルの手から滑り抜け、シーラの顔を大きな胸が襲い掛かる。


「はぁ……帰りたいです。え? きゃっ……」


 胸で顔をビンタされたシーラはぶっ飛び、樽に当たって蓋が開いた。

 馬車内に魚の臭いが充満する。


「よくもやってくれましたねリューゲさん……━━うぷっ……あ……ごめんなさい……この臭い無理です。吐きそうです」


「あの……冗談ですよね、シーラちゃん……?」


「シーラ……嘘だよね……?」


(こいつ……この状態で吐くつもりなのか……? )


「ねえ、マキシム。早くここから出して!」


「おお……ジューシーだぜ。美味いぜ。━━ん?」


「マキシムさん早くしてください。何でソーセージなんかゆっくり食べてるのですか!」


「そんなこと言われても……肉体強化を解除しちまったから、すぐには助けられそうないぜ。まあでも安心してくれ。さっきので感覚は掴んだから、そこまで時間はかからないと思うぜ」


「一回で成功させてよマキシム!」


「あの……シーラちゃんが……ここではない何処かを見つめているのですが……」


「ヨシ。じゃあ一回でキメるぜ。うーん、ちょっと強いか?もう一回……」


 マキシムが魔力を纏い肉体を強化した。

 失敗したと判断したマキシムもう一度魔力を纏う。


「そうだ。あの穴からシーラ出そうよ。マキシム当てにするのは良くないよ」


「そうですね。そうしましょう。正直言ってマキシムさんはあまり頼りになりませんからね」


(ほとんどはお前らのせいだろ……まあ良いか。シーラは投げ飛ばそう)


 ラアナとリューゲはいがみ合っていたのが嘘のようにテキパキとシーラを投げ飛ばす体勢に入る。


「ちょっと待ってください。私のこと投げ飛ばすつもりですか? 着地はどうするんですか。きゃー」


 空に虹がかかる。

 投げ飛ばされたシーラは顔から木に突っ込んだ。


「しまった……前よりも更に肉体強化が強くなっちまったな……まあでも急いでるみたいだし、上手く手加減出来れば問題ないぜ。ヨシ。みんな助けるぜ。━━うわっ……」


 シーラの衝突音にびっくりしたマキシムはとっさに力み、樽とヴァイルたちを吹き飛ばした。

 リューゲとラアナは樽のように転がり、ヴァイルは空中へと飛ばされる。


(何が起こった……? おお……やはり空は良いな……━━ほう。なるほど、五点接地か。カッコいいと思ってやってそうだったのが非常に鼻についたが……転生者の記憶も案外捨てた物ではないな)


「うぅ……痛いです……」


「ほんと酷い目にあったね。あれ? 何か落ちて来てない? え? ヴァイル?」


 転生者の記憶から解決策を見つけたヴァイルの着地点には、転がり気味に吹っ飛ばされた二人が倒れ込んでいた。


「え?」


「きゃ~」


「わ〜 」


 ヴァイルが自分たち目掛けて落ちてくることに気づいた二人はパニックになり、その場でただジタバタともがく。


(は? お前ら何してるんだよ? 五点接地出来ないだろ。どけよおおお)


 空の邪竜は地へ落ちた。

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