第31話

南青山にルティアというブランドがある。

若い女子に人気の高いファッションブランドである。

関東を中心に10店舗が展開されている。

そこの女社長が暖の母親である。

母親の知子は夫を亡くした後、働いていたデザイナー事務所から独立して一代で今の会社を作った。

知子は暖を4歳の時に劇団に入れた。

そして5歳の時、受けた子役のオーディションに合格してデビューを果たしたのである。母は仕事人間だったためマネージャーの斉藤がいつも一緒だった。

「母さん」

深夜11時だというのに社長室はまだ電気がついたままである。

知子はデザイン画を描いていた。

「暖、元気だった?」

「この通り。母さんこそ無理してない?たこ焼きあるんだけど」

暖は白い小さな袋を持ち上げた。

「有難う。あら、もうそんな時間?」

知子は長いウエーブの髪をまとめ上げて、ベージュのパンツスーツを着ていた。

いかにも仕事の出来る女性と言った感じだ。

「お茶入れるよ」

暖は急須にお茶のティーバックを入れると、ポットのお湯を注いだ。湯飲みにお茶を入れてテーブルに置いた。

「暖、少し会わないうちにまたカッコ良くなったんじゃない?」

「それ、母親が言う台詞?」

暖は苦笑いをしている。

知子は早速たこ焼きを頬張った。

熱い。弾力のあるタコが美味しかった。

「じゃあ、母親らしい事も言おうかな。彼女出来たんでしょう?どんな子?」

暖は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

「2ヶ月ぶりに会ったってのに言う事は

それ?」

「だって双葉ちゃんと別れて以来あなたってば彼女作らなかったんだもの」

「母さんも知っている人」

「芸能人?」

「菅野望奈さん」

「あー、まだデビュー仕立てじゃない。何処が気に入ったの?」

「可愛い人だよ。何にでも一生懸命で」

「それは初々しいわねー」

知子は暖の右の頬を指で突いた。

「あーあ、もう母さんとデートしてくれる年じゃなくなったのね」

「いつの事を言っているんだよ」

暖は苦笑いしながらお茶を飲んでいる。

「暖、今日は泊まって行くんでしょう?」

「ゴメン。生憎明日早朝からロケなんだ。タクシーで帰るよ」

「顔見せてくれて嬉しかったわ」

知子はビルの玄関まで暖を送った。

外にはタクシーが待っている。

「暖、身体には気をつけるのよ」

知子がそういうと、暖はタクシーに乗り込

んだ。

そしてタクシーは夜の闇に消えたのである。

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