第10話
コスメを買ったあと、アイス屋さんに来た。
千都さんはもの珍しそうに他のお客さんの注文を見ていて、重ねられるアイスに「おお…」と声をこぼす。
「結愛は何にすんの? ダブル? トリプルっていうのもあんじゃん」
「小さいダブルにします」
「せっかくならでかいの食えよ」
「いや、でも…」
そんな私の制止は聞かずに、千都さんは店員さんに注文をした。
一番大きいサイズのトリプルアイスを頼んでしまった。
カップに盛られる大きなアイスを見ながら、千都さんは苦笑を浮かべて、できあがったそれを受け取る。
「でっか」
「大きいですよ」
「一緒に食えば大した量じゃねぇだろ。ほら座ろうぜ」
千都さんは空いてるソファーに座って、私を隣に座らせた。
そしてスプーンでアイスをすくって、私に向ける。
これは『あーん』ということだろう。
いつもなら口を開くことはなかったけど。
でも今日は、
今日だけは私だけの千都さんでいてくれる気がして、私は口を開く。
そうすれば口の中に冷たいアイスが広がって、おいしさに頬が緩んだ。
「おいしい…」
「ほらもう一口」
「ん」
口を開けばまた違う味が広がって、パチパチという食感もある。
それが面白くてまた笑ってしまった。
「おいしい…! 千都さんも食べてみて」
「ん。じゃあほら」
千都さんはスプーンを私に手渡して、口を開ける。
だからアイスをすくってその口の中にアイスを入れた。
ただ食べさせるだけなのに心臓が爆発しそうなくらいドキドキとする。
私の使ったスプーンで千都さんはアイスを食べる。
それだけで恥ずかしさにドキドキとした。
「結愛、顔まっかなんだけど」
「え、あ…いや…」
「なんで?」
「え?」
「なんでそんな真っ赤なの? 食べさせてるだけなのに?」
千都さんはスプーンを持つ私の手をとって、そのままアイスをすくった。
そして目を合わせたまま、自分の口へとアイスを運ぶ。
それだけで恥ずかしくて、私はぎゅっと瞼を閉じてしまった。
「こら、結愛」
「だって…」
「夫婦なんだからこれくらい当たり前のことだろ」
夫婦。
その言葉を千都さんから聞くことはめったにない。
今日は本当にどうしたのだろう。
指輪もして、こんなに甘やかしてくれて、ずっと手をつないでカップルらしくて…。
槍かなにか降るのかな。
そう思ってしまうくらい今日の出来事が『異常』すぎて戸惑ってしまう。
それはとても幸せなこともであって、本当にお互いに想いあってるんじゃないかとも思ってしまう。
それはないのだけれど。
絶対にそれはないけど。
それでも今日、この時だけは私と千都さんは間違いなく夫婦だった。
周りが羨むほどのカップルだった。
このときまでは。
それからも千都さんとお店を見て回った。
最初のコスメ以外、自分でお金を出させてくれなくて他は全部買ってもらった。
欲しいと言えばなんでも買ってくれるけど、今日は自分で稼いだお金で買いたかった。でもこの楽しい時間を壊したくなくて、千都さんに甘えることにした。
トイレに行くと言って離れると、メイクを直しながら一息ついた。
今日がとっても楽しくて仕方ない。
デートってこんなに楽しかったんだ、と笑みが溢れる。
好きな人と出かけるのがこんなに楽しいなんて。
次はどこに行こう。
なんて考えながら千都さんの元に戻った。
だけどそこにいたのは、千都さんではなく、見知った組の人だった。
嫌な予感に頬が引きつる。
組の人も申し訳なさそうに近づいてきて、かがんで目線を合わせた。
「申し訳ありません。結愛さんへ若頭から伝言です」
「聞きたくない」
「……仕事が入っ──」
「聞きたくないってば!」
逃げ出すように走り出した時、背後から肩をグッと掴まれて止められる。
逃げることを許さない、とでも言うように前にももう一人の組の人が立ちはだかった。
「ごめんね、結愛ちゃん。若頭の気持ちもわかってあげて」
千都さんの気持ち?
何それ。
何それ、何それ、何それ!
千都さんが仕事に行きたくないとでも駄々をこねたとでも?
私とのお出かけを中断したくないって言った?
そんなわけないじゃない!
「結愛ちゃん…」
涙が溢れる。
あぁ、せっかくメイク直したのに。
可愛くしたのに。
どうして、どうしてこうなるの。
「一緒に帰ろう」
「……帰るって…どういうこと…?」
「もう終わりなんだ。荷物ももう移動させてあるから、霧島家に必要なものが全部そろってるよ」
何、それ。
え? じゃあ何?
最初からこのお出かけをした時点で、もうあのマンションに帰るってことはなかったってこと…?
「ふふっ…ははっ…」
なぁんだ。
もう終わり、だったんだ。
最初からそういうつもりで出かけたんだ。
最低、最低だよ。
絶対に逃げ出す。
ぜったいにあのいえからでてやる。
あのひとからぜったいにはなれるんだ。
なにがなんでも、なんとしても。
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