第4話

 喫茶店の近くで千都さんと別れて、お店の前でよしっと意気込む。


 ドアベルを鳴らして入ると、お店に入ってたみんなが私を見た。



「結愛ちゃん!? 久しぶりー!」


「元気でしたか? 結愛先輩!」



 同じ高校だった二人が、私を囲む。


 その奥では男性従業員の千聖ちさとくんが険しい顔で私を見ていた。


 このお店ができたときから一緒に勤めていて、それなりに仲もいいって思ってたけど…。



「…千聖くん、ひさしぶり」



 二人から離れて挨拶をすると、千聖くんは曖昧に笑みを浮かべてくれて「久しぶり」と返してくれた。


 でも千聖くんを見てると千都さんを思い出すんだよね…。


 同じ『千』って漢字がついてるからかな…。



「元気だった? 体調悪いって聞いてたけど」


「うん。急に休んでごめんね」


「お店のほうは大丈夫」


「千聖くんは体調は…?」


「大丈夫。最近、調子いいんだ」



 千聖くんは病弱だ。


 身長も低くてやせ細ってるけど、出会ったときよりは肉付きもよくなって顔色もずいぶんいい。


 一緒に住んでる恋人がご飯を作ってくれていて、太らせようとしてるって言ってた。



「結愛、今日…送ってくれた人との関係って?」


「え? あ……えっと」



 そういえばまだ説明できてないんだよね…。


 オーナーしか知らなくて、さっきの高校の友達にも言えていない。


 ヤクザの奥さんになったなんて言えるわけないよ…。



「もし関わらなくて済むなら関わらないほうがいいよ」



 ……千都さんの知り合い?


 そういえば千聖くんって、ヤクザの息子さん…なんだっけ。


 それなら知ってるのかな。



「……うん。できればそうしたいけど…」


「………いろいろあるのかな」


「うん、ごめんね」


「いいよ。言えないことって誰でもあるし。ただ、何かあったらすぐに言って」


「うん、ありがとう」



 千聖くんはいつもの穏やかな笑顔を向けてくれて、私はそっと息を吐いた。


 許嫁だけじゃない。千聖くんも何かあったら協力してくれるかも…。


 心強いな…。


 なんだか作戦もうまくいくような気がする。


 この一週間でみんなに迷惑をかけた分を取り戻そう。


 そしてあの家から抜け出そう…!



 千都さんを彼女さんに返してあげなくちゃいけないから、ね。



…………



 お昼のピークが過ぎて、ふぅっと息をはく。


 私の勤務は15時半までの五時間勤務なので休憩なしのノンストップ。


 お客様もいなくなって、テーブルも拭き終わった時、ベルが鳴った。



「いらっしゃいま、せ…」



 やってきたのは黒のパンツに黒の長袖シャツを着る男性のお客様。


 それからスーツをきちっと着こなす男性のお客様が親しげに話しながら入店してきた。



結愛ゆあ…?」



 スーツを着た男性、彼こそが私の幼い頃の許嫁だ。


 近くの大手企業に勤めている人で、元モデルだから身長も高くイケメンだ。


 隣の黒コーデの千都さんも負けないくらいのイケメン…ではあるけど。



「二人とも知り合いなの!?」



 真っ先に強い口調でそんな言葉が出る。


 千都さんは私が何を企んでるのか知っているのか、ニヤリと口角をあげて顔を近づけてきた。



「余計なことを考えるなよ。結愛」



 ひっそりと耳元で囁いた千都さんは私を通り過ぎてテーブル席へと座った。



 何よ、それ。



 まさかこのためだけに彼に近づいたの?


 だって彼の家族には警察官だっているのよ。


 それがヤクザと知り合いな訳がないじゃない。



「結愛、アイツと知り合い?」



 許嫁のうるはくんは声を抑えて言った。


 今がチャンスかもしれない。



「…あとで時間」


「ああ」



 麗くんはそのまま千都さんの向かいの席に座って、二人は会話を始めた。


 千都さんがお店に来たのは監視してるぞって意味かな。


 それなら余計なことはできない。


 常に見られてるってことだよね…?


 だってこうして麗くんとも接触しているんだもの。


 やり方が汚すぎる…!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る