第9話

「そうか……馬場君、他の子と付き合い始めたんだ」

「うん」

「それで良かったの?」

大場明音が言った。

明音は小学校からの彩加の親友である。

花崎高校の美術科に通っていた。

明音は労わるような眼差しで彩加を見ている。

「お姉ちゃんが天に還って行く時、ずっと空を見上げていた彼の横顔が忘れられない。遠くに行くお姉ちゃんに心を合わせていた」

「彩加…… 」

「私は馬場ちゃんの気持ちを、誰より知っている。お姉ちゃんへの想いも」

「そうだね…… 」

「同情なんかで付き合って欲しくなんてない。だからこれで良かったの」

「…… 」

「だから明音も応援して。馬場ちゃんの恋が上手く行くように」

明音は何も言わずに彩加を抱きしめた。


朝の墓地には彩加の他には誰もいない。

彩加はある墓の前で足を止めた。

花活けには新しい花が活けてある。

「そうか……馬場ちゃんが来たんだね」

彩加はそう言うと花活けに菊の花を活けた。

今日は祐里の月命日だ。

「お姉ちゃん、馬場ちゃんはどんな話をして行ったの?」

彩加は目を閉じると静かに手を合わせた。

「甲子園予選大会が始まったよ。お姉ちゃんも馬場ちゃんを応援してね」

彩加はそっと目を開くと墓石に語りかけた。

まるで目の前に佑里がいるかのように。

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