必死のパッチ

 翌日の決勝、ザザ殿は二種目の短距離でぶっちぎりで優勝した。さらに翌日の中距離で地元の優勝候補を僅差で交わし、陸上部門の三冠を果たした。


「あの人はまさにリーンの勇者だ!」


 補佐くんは熱狂的に感動した。それは満場一致の意見だった。


「しかし、ぼくらは勝つ」


 タロッケスは観衆の喝采の中で孤独に反論した。


「その心意気には感心します。でも、あなたのどんな要素があの勇者に勝りますか? 気合だけでは勝てません。あと、試合に勝っても勝負で負けると、相手に舐められますよ」


 補佐くんの指摘は一から十まで適格だった。試合や勝負は大事だが、『舐められない』ことが重要だ。ぼくはザザ殿にぼくらの真の力を証明しなければならない。

 

 しかし、正味の運動能力の差は圧倒的だ。有利な要素があるとすれば、こちらはあちらの能力を把握するが、彼はぼくの本気を知らない・・・それくらいだ。


 深夜、ぼくはゼロ丸と二人きりになり、車体を撫でながら、バッテリー残量をチェックした。電池の残量グラフはいよいよ最後の一パーセントだった。省エネライドで数キロ、スマホで一、二回のエネルギーだ。デジタル文化の名残がついに消える。これを最大限に活かせる方法は何だ? 


 最終日の締めくくりはハーフマラソンみたいな公園周回の長距離走だった。地元選手が優勝を飾り、熱狂の一週間が終わった。


 期間中、レデル工房のエージェント業務は非常に成功した。追加の市況レポートと受注リストがナグジェの本部に送られた。


 ザザ殿は大会最優秀選手の栄光を得て、その名がリーン神殿の柱に刻まれた。そして、彼には特別な役目が与えられた。大会の終了を報告するリーン神への奉納の義、『聖なる炎を祭壇に灯す』という大役である。こんな偶然の一致は驚きだが、もはや異常ではない。こちらのやり方がオリジナルである可能性すらある。とにかく、リャンダの飛脚にはぴったりの役目だ。


 奉納の義式は閉幕の翌日の夕方からぼちぼち始まった。ヤダム氏とその補佐は勇者の友人の立場を活用して、組織員会のお偉方や神社の関係者たちに交じり、後夜祭の打ち上げに紛れ込んだ。公園には熱狂から冷められない上の空の人々と冷めた顔のリネシスがうようよいた。


 一騎打ちの舞台は幾多の勝負を繰り広げたこの夢の跡ではなかった。儀式の関係者一同はリハーサルを兼ねて、公園からリーン神殿へ何度かぞろぞろ行き来したが、その途上の一直線の参道がこんな環境だった。


 距離は二百メートル

 道幅は五メートル

 路面は良く整った土

 傾斜はなし

 両端に石柱とゲート


 ドラッグレースのコースには最適だった。


「短距離ですか?」


 打ち合わせの段階でザザ殿はこの提案を訝しんだ。


「そう、このタロッケスとこの乗り物の得意種目は短距離です。なあ、そうだよな?」


 ぼくはゼロ丸の背中をトントン叩いた。


「ピカピカですね。それはこの前の乗り物よりすごく見えます」

 

「ぼくらの本気を見せますよ。レースを楽しみましょう」


「そうしましょう」


 両者はお互いの健闘を称え、スタートの準備に入った。


 ところで、これは非公式のエキシビジョンマッチだったが、立ち合い人が多くいた。市長さんはその内の一人だった。しかも、この変則的な野試合に妙に乗り気で、ゴールジャッジの役目を買って出た。おかげで空気がほどよくひりついた


 すべての舞台が整った。と、ついにゼロ丸が長き沈黙を破り、真の力を解き放った。残り一パーセントのバッテリーがフレームからぱかっと逃げ出した。これはスポーツマンシップではない。純粋な作戦の一環である。電動アシストの二十五キロの速度制限はこういうドラッグレースでは役立たずだ。重いバッテリーは数秒でデッドウェイトになる。


 くわえて、ブレーキ、サドル、シフター、ベルも無用の長物だ。この一瞬のレースでは止まらない、座らない、変速しない、ちりんちりんしない。また、前後のサスペンションの動作は完全にロックされ、タイヤの空気圧は限界まで高められた。


 余分なパーツを引っぺがして、適切なギアを決め打ちして、必死のパッチで鬼漕ぎする・・・以上が作戦の全てであり、ぼくらの真の力である。


 締めにぼくは上着とズボンを脱いで、チェーンにオリーブオイルを垂らし、スタート練習を繰り返して、パンイチの身体を温め、人馬をベストのセッティングへ近づけた。


 ザザ殿はこれを見ながら、ローペースで調整をしたが、達人の感覚で何かを察知して、勝負師のオーラをまとった。

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