地の果てのラストピース

 八百十四年三月×日、第百五十回リーン大祭がついに開幕した。ぼくらは公園内のパークの脇にブースを設け、バイクの展示会と試乗会を催しつつ、都度に休憩を挟んで、注目の競技の観覧に出かけた。


 補佐くんの興味は格闘、拳闘、相撲、戦車レースなどの激しいジャンルだった。また、一般参加のチャリオットレースにチャリで参加できないかと直前まで画策したが、レギュレーションに引っ掛かって、選手登録できなかった。


「チャリとチャリオットか。語呂は似るが、重量が違う。軽い接触で落車でリタイアだ。シャレにならない」


 ぼくは二頭立てのチャリオットのスピードとパワーを思い浮かべながら言った。戦車は荷馬車とは違う。しかも、接触と妨害はリーン大会のルールでは可である。


「すごいアピールになりますよ」


 補佐くんは食い下がった。


「きみの献身には泣ける」


「え、出場するのはあなたですよ?」


「ぼくの涙を返せ」


 一方、ぼくの注目は短距離、長距離、球技だった。とくに革のボールの飛距離を競う『遠蹴』という珍しい種目は必見だ。現代式の空気入りゴムボールはぽーんと飛ぶが、革ボールはぼてっとしか飛ばない。参加選手は裸足で掬い上げるように蹴る。キックのモーションやフォロースルーがきれいだ。いつかこのヤダムさんが空気入りゴムボールを提供しよう。


 やはり、全競技の花形は短距離だ。この予選と決勝は大会三日目の午前と午後に行われる。この日、ぼくらは朝からブースを休みにして、公園内をうろうろして、競技の様子と参加者を注視した。


「見つけた! おーい!」


 ぼくは人混みの中にお目当ての人物を見つけて、目一杯にアピールした。先方はこれに気付いて、混雑から抜け出し、ぼくの前にやって来た。


「私はあなたに呼ばれました。お久しぶりです」


 長身痩躯のリャンダ人、ザザ殿は丁重にお辞儀した。


「あなたはぼくのことを思い出せますか?」


 ぼくは相手の口調に釣られて、かくかくしたビドネス語で尋ねた。


「私はナグジェであなたと一緒に走りました。良いレースでした。そのような乗り物に乗る人はあなただけです。あなたはヤダムさんです」


「タロと呼んでください、ザザ殿。で、ほんとに泳いできたの?」


「はい、私はここまで泳いできました。容易いものです」


 ザザ殿は例のごとく言って、舌をちょろっと出した。


「ははは、意外とお茶目な方だ。これから予選ですか?」


 ぼくは土のトラックを指した。


「はい、私はもうすぐ走ります。そして、勝ちます」


「では、頑張ってください」


「私は頑張りません。私は楽しみます」


「それはステキだ。あとでちょっとお時間をくれますか? お祝いに晩飯を御馳走しますよ」


「はい、私の好物はチキンとチーズとミルクです。あなたはそれを私に御馳走します」


 ザザ殿は白い歯を見せて笑った。


 この後、短距離二種目の予選が行われた。足神速のリャンダ人は余裕の走りで圧勝した。明日の決勝が楽しみだ。


 夕方、ぼくらは飯屋で待ち合わせて、今日の勝利と明日の栄光を祝し、小さな宴会を催した。


 食後の雑談の最中にぼくは交換用のチューブを取り出して、ザザ殿に手渡した。


「あなたはこんな物質を知りませんか?」


「うーん・・・これはクワラみたいです」


 ザザ殿はしなやかな指でゴムの手触りを確かめながら呟いた。


「クワラ?」


「はい、クワラです。私たちはクワラの球で遊びます」


「クワラはどこにあります?」


「クワラはクワラの木の血です。クワラは私の故郷の森にたくさん生えます」


「それだ!」


 ぼくは地の果てにゴム的なものの気配を予感して、ザザ殿の今後の予定を尋ねた。


「私はしばらくこちらに滞在して、さらに各地を回ります。それから、夏にリャンダへ戻ります」


 ザザ殿は机の上で指をぐるぐる回した。この人の一なぞりは数百キロでないか?


「ぼくはあなたに付いて行きます。案内と通訳をできますか? もちろん、お金を払います」


「私は構いません。しかし、あなたはちゃんと付いて来れますか? 私は一日でたくさん走ります」


「できます」


「あなたはそれを私に証明できますか?」


「できます。ぼくとゼロ丸の真の力をあなたにお見せします。ぼくとあなたはもう一度勝負します。一騎打ちです。あなたは受けてくれますか?」


「容易いものです」


 ザザ殿は毎度の決め台詞で快く承諾した。酔っぱらった補佐くんはこれをぱちぱち祝福した。

 

 とにかく、これで役者は揃った。

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