第一回ナグジェ自転車レースの概要
スタートはナグジェ南門のデル橋
ゴールは南門広場
折り返しは八キロ先のとうげの茶屋
優勝賞金は三十スーン
副賞はバイク三日間乗り放題券
主催はレデル工房
監修はタロッケス・ヤダム
協賛はナグジェ市第八区商工会
第一回ナグジェ自転車レースの概要はこのようにまとまった。鍛冶屋の裏工作でスポンサーは付いたが、内輪の催しがどんどん大きくなって、当初の気軽なノリが消えてしまった。
コースの選定は自転車の専門家のぼくに一任された。おのずとベインは不利になる。しかし、彼の愛機は自転車、ぼくの相方はキックバイクだ。が、レデル氏はサイクリングの素人、ヤダム氏はベテランライダーである。総合的なハンディキャップはほぼイーブンではないか? 無論、このレースではゼロ丸はレギュレーション違反で外れる。彼の役目は会場の客引きパンダである。
勝敗は重要だ。なぜなら当然の成り行きで賭けが発生したからだ。そして、優勝賞金の三十スーンはぼくには貴重な大金である。
しかしながら、このイベントの本質はナグジェ製バイクのお披露目と市民への訴求及び見込み客の獲得だ。レースが円滑に進まなければ、チャリの魅力が伝わらない。
ということで、北米系のランペイジみたいなハチャメチャな難コースや欧米系のグランツールのような長距離走は構想から真っ先に外れた。確実に車体と乗り手が持たない。
参考はまたもや先人の記録だ。バイクの創造主のドライス男爵はドライジーネの宣伝のためにいくつかの走行記録を残した。最も有名なものはドイツのマンハイム郊外からシュヴェツィンゲンの宿屋への往復十五キロのスピードランだ。ドライス先輩はこれを約一時間で走った。脚力が変態である。
ぼくの個人的な体験も材料になる。ある夏の北海道自転車ツーリングの最中に自転車がメカトラブルに襲われて、チェーンが回らなくなった。原因はオイル切れとチェーンテンションの掛け過ぎだったが、これは現場では分からなかった。ぼくは修理を諦め、宿までの二十キロをドライジーネの要領で地面をひたすらキックしまくった。このときの巡航速度が時速十三キロほどだった。
ぼくはこれらを踏まえて、適当なルートを探し、ナグジェ市の南のデル橋から郊外のとうげの茶屋への往復を採用した。片道八キロ、往復十六キロの距離はドライス先輩の有名な記録とほぼ一致する。参加者がトラブっても、自力で拠点までたどり着けるフレンドリーな距離だ。正味、マラソン選手やトレランの上級者には余裕である。が、当地にはランニングシューズのようなものはない。サンダル、革靴、ブーツ、木靴などはレースには向かない。ソリッドな下駄でばかばか爆走できるのはマンガの人物だけである。
このヤダム氏監修のコースのレイアウトは出色だ。路面は広めの石畳の車道と狭めのダートの側道の三車線で、デル橋から中盤まで平地が続き、終盤に池と森を避けるように複数のカーブが現れ、ゆるい長い登り坂がとうげの茶屋へ続く。往路の行程はおおむねこれの逆になるが、デル橋から南門広場への追加の市街地セクションがゴール前の最後の波乱を演出する。
コースの決定の後で話がさらに大きくなった。口コミで噂を聞きつけたナグジェの物好きたちが続々と参加者に加わった。
厳正なる審査の結果、正式な出走者が決定した。
タロッケス、ドライジーネ
ベイン、自作チャリ
金持ちの息子、馬
農家の若者、ロバ
さすらいの旅人、ラバ
御者、二輪馬車
その他大勢、徒歩
ぴったり十二枠である。結果的に乗機なしの徒歩の参加者が多勢となったが、「ランニング大会やないか!」という野暮なつっこみはとくに聞こえなかった。むしろ、ぼくはいつのまにか参加リストに滑り込んだ金持ちの息子と乗馬に驚いた。ベインの談ではスポンサーの関係者か得意客のコネのようだった。
事前の人気投票では本命が馬、対抗がベイン、三番人気がタロッケス、大穴がロバかラバだった。正味、二輪馬車と徒歩勢は数合わせとにぎやかしだった。とくに馬車に勝つのはバイク勢の必須条件だ。まあ、『二輪』馬車も広義にはバイクの範疇だが。
木製ホイールのドライジーネが有利になる場面は木製ホイールのチャリや木製ホイールの馬車が有利になる場面でもある。路面のコンディションでベインからアドバンテージを得るのは無理だ。ホイールの走破性や回転性能はほぼ互角である。
ならば、勝利への近道はコースの往復練習だ。ぼくはベインからドライジーネを借りて、実機の強度や性能のテストを行いつつ、このコースの有利なラインやポジションを研究した。
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