メイド・バイ・ベイン
「いい出来だ。素晴らしい作品だ。一発目からこの出来は相当な名人芸だ。あ、もう試走したか?」
ぼくはナグジェ製バイク一号機を四方八方から吟味して、車輪の木製リムの傷に気付いた。
「もちろんさ。実際に乗れない乗り物は乗り物でなくてただの飾りだ。そこの鎧と同じだよ。乗り物は乗ってなんぼ、走ってなんぼじゃない?」
「道具の美学だな」
ぼくは職人の偉業を褒めたたえた。しかし、木材のささくれや剝き出しの断面、明らかな色むらやボールペンの書き込みの跡、全体的な仕上がりの荒さはどうにかならなかったか?
「どう? 満足した?」
青年はにやにやしながら言った。
「完璧だ。もし、これを売るなら、なんぼで売る?」
「いや、そいつは売り物にはならない。細部が雑過ぎる。お客に売るなら、もっときちんと仕上げないと」
「あ、分かる?」
「あたりまえさ。むしろ、そこが稼ぎどころだ。金持ちの息子や貴族の旦那に売るとすれば、紋章入りの刺繍をサドルに入れるとか、名前の焼き印をホイールに入れるとか、そういう工夫で金を取れる」
「社長はさすがですな。それで私に一つ良い案があります」
ぼくは指を立てた。
「ふむ、何かね?」
「こいつで試乗会をやりましょう」
「おお! それは非常に凡庸な発想ですな。物書きの先生の発想がそれですか?」
ベインはいつかのお返しのようにびしゃっとダメ出しした。
「言うなあ!」
ぼくは苦笑した。
「おれも考えたよ。乗り方から使い方から教えて、ここからここまで走らせて、車体を回収して、チェックして、つぎの人へ・・・て、一日に十人くらいが限度じゃない? 一台のサンプルで試乗会は非効率的だよ」
「じゃ、こうしよう。市内から近所の村まで行って帰って、その速さをアピールする」
「おお! それはまた眠い案だな。風邪で頭が鈍りましたか? そのお散歩でナグジェ市民がひりつきますか?」
納期を守った製作者は妙に尊大だった。
「隣村への実走は良いアピールになるけどな」
ぼくはやや不機嫌に答えた。
「アピールにはなるよ。でも、おれらはその結果をほぼ予想できる。馬車より速いものを走らせて馬車に勝ちましょう。はい、勝ちました。って、それは当たり前だ。ドラマがない」
「たしかに」
「おれたちが楽しめて、皆が熱狂できること、それだよ」
「社長は具体例を上げられますか?」
ぼくは嫌らしく聞いた。
「レース」
「レース? なんのレース?」
「チャリのレース」
ベインは意外な言葉でぼくを惑わせ、からから笑いながら、衝立の陰に回り、別の何かを引っ張り出した。
「え? 二号機?!」
ぼくは驚いた。
「いや、こいつも一号機だ」
若き職人はカバーをばっと取り払った。そこから出てきたのは木と鉄の二輪の乗り物だった。彼の宣言のようにそれはドライジーネの二号機でなかった。
三角形の鉄製フレーム
フラットなハンドルバー
木製のソリッドホイール
コイルばね付き革サドル
無骨なペダルとクランク
シャフトドライブ
「チャリやないか!」
ぼくは驚きすぎて、キックバイクから落車しかけた。
「はっはっは! それだよ! 最高だ!」
ベインは満面の笑みと拍手で喝采した。
「おまえ・・・ちょっと良く見せろ。こんなのは反則だぞ。勝手に文明を進歩させるな」
ぼくは新たな車体ににじり寄った。各部の素材はドライジーネの試作機と変わらないが、車体の構造は完全に近代以降のチャリ、安全型自転車だ。むしろ、十九世紀末の実機よりデザインがモダンだ。これはゼロ丸の影響だろうか? しかも、こちらの車体の細部の仕上がりは非常に丁寧だ。
「いやー、ほんとに苦労したよ。昨日の閉店から今日の朝まで掛かった。いやー、大変だった」
ベインは正真正銘の自作自転車の一号機を撫でまわした。
「やりやがったな」
ぼくは羨望と尊敬の眼差しで鍛冶屋を見て、そのチャリに手を伸ばした。
「おっとっと、ぼくの愛機に触らないで。あなたのやつはそっちです」
ベインは新車のオーナーらしく毅然とふるまった。
「見せてくれよー、うえーん」
「はあー、最高だ。心が満たされる。徹夜のただ働きが報われた」
ベインは愉悦の極みに達して、サドルにまたがり、達者な手つきでハンドルを切って、足付きなしでバランスを取った。
「おまえは勝手に上達するなよ。しかし、短期間でよくここまで仕上げたな?」
「ゼロ丸という完全な手本のおかげさ。正直、おれの本命は最初からこっちだった。そっちは実質的に荷車みたいなもんだしな」
名工は旧式の大型キックバイクを顎でしゃくった。ぼくは悔しさと嬉しさで身震いして、感動と驚愕でけたけた笑った。自転車レースへの道が開けた!
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